「コネクト不倫」でも岸田を引き合いに
本書によると、菅は岸田を「戦わない政治家」として見下した。ときには安倍が嫌う石破茂を引き合いに出しては岸田を腐しもする。柳沢に総裁選で岸田と石破が争えばどうなるかと聞かれた菅は、総選挙前にやれば石破が勝つと言明し、「岸田さんよりは遥かに選挙は強いでしょ。答弁もきちんとできるし」と評するのだった。
また官邸官僚には、安倍に近いことから岸田政権を望む者と、菅に近い者の二派がいた。後者で有名なのが「コネクト不倫」の和泉洋人だ。彼のスキャンダルを週刊文春が報じたことも、菅にすれば、「岸田を担ぎたい奴がやっているんだよ」となる。
すさまじい嫉妬と猜疑心の世界である。それを生きるうち、自ら総理・総裁を目指すようになっていく。
本心をなかなか見せない菅が、総裁選に出ると意思表示をしたのは、いったい、いつなのか。
たとえば読売新聞政治部『喧嘩の流儀 菅義偉、知られざる履歴書』(新潮社)には、昨年6月17日の夜、高級中華料理店で二階俊博、林幹雄、森山裕と会食した際、二階が「次の総理はどうか。やるなら応援するよ」と水を向けると、菅は「ありがとうございます」と応じたとある。
ホテルに近しい人物を集め…知られざる総理大臣への準備
実はこの2日前、菅は朝食を柳沢とともにしながら、「自分が信頼できる人間だけを集めて、政権構想本についての勉強会をやろうと思う」と告げている。総理大臣を目指すとの肚を打ち明けたのだ。
そして6月20日、菅はホテルの会議室に、側近の官僚、近しい人物2人と秘書を集める。そこで、年内に官房長官を辞め、そのうえで官房長官としての実績を記す本を出版し、翌年には政権構想を掲げる書籍を出すとの構想を表明。また「総理を目指すために、1年間は勉強をする時間が必要だ」とも述べるのだった。
滑舌の悪さを気にして歯の矯正を始めたのも首相就任後であるように、菅は宰相になるための特別な準備をしていないものだと思っていたが、実は翌年に予定される総裁選に向けて大胆な絵図を描いていた。本書で柳沢は、こうした知られざる総理大臣への道のりを明かしていくのである。
それにしても2冊も書籍を出そうとしていたというのは、意外な話だ。野党時代に菅は、自費出版した本で、民主党政権批判として文書保管の重要性を訴えた。ところが安倍政権の公文書管理が問題になったおり、記者にその一節を読み上げられて「誰の本か知っているか」と問われた菅は「知らない」と応えた。
そんなこともあって、本を書くとそれが呪縛になるとして、懲りているものとばかり思っていたがそうではなかった。