安倍の禅譲の言葉になびき、総理大臣になったものの…
首相を目指すために官房長官を辞めると決意した菅は、その理由はどうするのかと問われると「『総理と仲違いした』って言うかな」と冗談めかして言ったという。柳沢は菅の弱みを「安倍さんと同じ」に見られることだと指摘しているが、なるほど、それも払拭できる。
ところが、である。
そんなふうに肚を決めたはずの菅であったが、7月に入ると安倍が関係者を通じて「岸田ではなく、菅を後継として考えている」とのメッセージを伝えてくると一転、官房長官として安倍を支え続けると翻意する。岸田を「戦えない政治家」と見下していた菅であるが、安倍の禅譲の言葉になびいたのである。
おまけに8月に入ると安倍は突然辞任し、急遽、総裁選に突入。1年間の勉強も、政権構想の書籍もすっ飛ばして、政局のいたずらで総理大臣になってしまう。
その後の菅政権のたどる道は、ご存知のとおりだ。政治学者の御厨貴は文春オンラインのインタビューで岸田首相について、「積み重ねてきた総論哲学はある。しかし、具体的な各論がないんです」と評している。菅はその反対で各論はあっても総論哲学がない。安倍のように「時代を変えよう」などと大きなことを言うわけでもない。
それでいてコロナ禍への一時しのぎのワンポイントリリーフではなく、「最低4年」の長期政権を目指した(注)のには無理があったろう。
そのことを菅も自覚していたはずだ。なにしろ「総理を目指すためには、1年間は勉強する時間が必要だ」と自ら言いながら、それが出来なかったのだから。
本書の最終章は「最後の10日間」と題して、安倍や麻生太郎、二階ら大御所たちの政局への勘と、菅では選挙が戦えないという自民党議員たちの議席への執着心によって、菅がひとりぼっちになっていく様が描かれる。菅を支持する無派閥議員グループ「ガネーシャの会」の者までもが「ビラを配っていても、受け取ってくれる人数が半減している」と危機意識を口にしたあげく、「菅さんが総理を辞める以外は地獄」とまで言うようになっていた。
官邸が強力な権限をもち、「党低政高」とも「官邸一強」とも言われた安倍政権。それを引き継いだ菅であったが、選挙を前にした自民党議員たちは、官邸の上座にすわる者の座布団をひっぺがす。盛者必衰。ここに非情の政治家といわれた菅をも呑み込む永田町の無情と、自民党の無限のバイタリティを見る。
(注)「最低4年」狙う菅首相 総裁選レース行方(日テレNEWS24)
https://www.news24.jp/articles/2021/01/02/04796183.html