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読者を旅へといざなう“松本清張ならでは”の小説描写…乗り鉄が語り尽くした清張作品のスゴさとは

『清張鉄道1万3500キロ』より #1

2022/01/04

source : 文春文庫

genre : エンタメ, 読書,

書き込まれる旅への「誘い」

 小郡は、現在新幹線が停まり、山口、宇部の2支線が出ている新山口のことである。

 S市が佐賀市だとは書かれていない。しかし、「電車もない田舎の静かな小都市である。濠がいくつも町を流れている」という描写があり、さだ子を見張るために泊まった宿の名前が「肥前屋」という。決定的なのは、宿の女将の濃厚な佐賀弁だ。

 横浜から佐賀まで、東海道、山陽、鹿児島、長崎の4線を乗り継いで、1199.7キロに達する。しかし、鹿児島、長崎両線の分岐点鳥栖までは『青春の彷徨』の木田と佐保子が乗っている。鳥栖―佐賀25キロのみ初乗りにカウントできる。

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 石井は柚木の眼を欺いて温泉宿でさだ子に会うが、追ってきた地元の警察に逮捕される。柚木はさだ子に「今からだとご主人の帰宅に間に合いますよ」と急ぎ帰るよう諭した。

©️iStock.com

 特徴的なのは、九州までの旅の長さを作中に書き込んだことだ。『火の記憶』や『青春の彷徨』と比較すると歴然である。小郡に着く前、柚木が下岡に「君はもうすぐ下りるんだな」と話しかけると、下岡は「君は、これからまだまだだなあ」と答えた。

 長旅の辛さを書こうとしたのだろうか。いや、むしろ旅への誘いのように思われる。

 海の上には日光が弱まり赫くなっていた

 広島―岩国間のことで、宮島の海に浮かぶ朱い鳥居が見える辺りである。

 絶えず車窓に見えていた海は暮れて黝(くろず)んでしまい、島の灯がちかちか光度を増していた

 これにぴったりの車窓は周防大島が沖合に迫る柳井付近だ、と指摘できる。