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《トラベルミステリーの開祖》わずか4分間だけ成立する“伝説的な鉄道トリック”…だけじゃない! 松本清張作品に“秘められた魅力”に迫る

『清張鉄道1万3500キロ』より #2

2022/01/04

source : 文春文庫

genre : エンタメ, 読書,

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「現地集合型」列車利用トリック

 列車番号というのは、個々の列車を示す数字・記号である。今の新幹線であれば、「1A」は列車名「のぞみ1号」、「501A」が「ひかり501号」と即物的過ぎるのだが、当時の列車名は数字を被せられることはなかった。急行の場合、「霧島」、「雲仙」、「十和田」、「白山」など行先地周辺の観光地に因むものだった。番号は、特急なら1ケタ、急行は2ケタ、準急以下は3ケタという傾向もあった。

 58年1月の時刻表によれば、東海道線の列車番号1は大阪行き「つばめ」、3は同「はと」であり、5は京都発博多行き「かもめ」、9は長崎行き「さちかぜ」となる。2、4、6、8、は同じ名前の上り列車になる。作中で、刑事が「列車番号の7というのは何か」と叫ぶ一幕があるが、「旅」の読者には先刻承知のことに違いない。

 佐山とお時の死体は、福岡市・博多湾の香椎海岸で並んで見つかるが、食堂車での領収書に不審を持つ鳥飼刑事はもう一つの疑問を持つ。

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――福岡市の中心部から香椎へ行くには、国鉄と西鉄宮地岳線の二つの鉄路がある。香椎で国鉄駅から降りて海岸へ行く途中に西鉄駅がある。国鉄駅近くで佐山とお時らしい男女が目撃される一方、西鉄駅前でも男女が目撃される。同一のアベックと見られたが、目撃時間に分の差がある。両駅間の距離からすれば、少し大き過ぎる。せいぜい6、7分のはずだ――

 ここにトリックがあった。

 国鉄駅で降りたのは佐山と安田の妻亮子だった。2人が西鉄駅を通過した直後に安田とお時が西鉄線で到着し、4、5分遅れで海岸に向かった。佐山とお時は騙されて毒入りの飲み物を口にし、安田夫婦が死体を並べて心中に見せかけた。夜の香椎海岸に2組の男女が来たのに加害者側の2人は被害者側の陰に隠れてしまったのである。

©️iStock.com

 鳥飼は西鉄線にも2人連れがいたのではないかと思い、目撃者を探して何度も乗る。当時、福岡市中心部から西鉄の路面電車が延び、競輪場前(現貝塚)で西鉄線に乗り継ぐようになっていた。鳥飼は競輪場前から西鉄香椎のさらに先、西鉄福間まで18.2キロを小分けして一番乗りした。

 安田夫婦の手口を見て想起するのは、『顔』の井野良吉が殺す相手と列車内で横並びに座って失敗したことである。『地方紙を買う女』の潮田芳子は、殺害相手を1列車後に来させる「時間差」で目撃者が出る事を避けた。安田夫婦は、並行する鉄路を別々に来て、自分たちの気配を消そうとした。「現地集合型」とでも呼べる列車利用犯罪である。2組の男女が同時に目撃されたらトリックは崩れるし、時間が離れていても目撃時間の差が大きくなってしまい、技が空振りになってしまう。

 危険なトリックにリアルさを吹き込んだのは香椎という場所の風景を丁寧に書き込んだことである。清張の筆は歴史から迫る。