早期発見や治療法の進歩によってがんの生存率が上がり、治療を経て仕事に復帰できるケースも今や珍しくありません。しかしその一方で、「がん患者や家族の心のケア」に特化した取り組みを行っている国立がん研究センター東病院の精神腫瘍科長・小川朝生医師は「日本での広がりはまだまだ不十分」と指摘します。

 最新の薬や医療技術だけでなく「本当に求められている治療」とは、一体何なのでしょうか。「精神腫瘍科」の現状と課題についてお聞きしました(前後編インタビュー。#1が公開中です)。

小川朝生医師

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職場復帰後のメンタルサポートがまったく足りない 

──がんサバイバーの職場復帰は進んでいるといわれていますが、実際はどうなんでしょうか。

小川 がん対策基本法が改正され、確かにがん患者さんの就労対策は進んでいます。生命予後(病気・手術などの経過において、生命が維持できるかどうか)の改善と、支持療法(副作用に対しての予防策や症状を軽減させるための治療)の普及によってサバイバーの生存率が上がっているので、職場復帰できるケースも増えています。でもここには大きな問題があると私は見ています。

──就労できるかどうかが一番の問題ではないんですか?

小川 いや、そうじゃないんですよ。職場復帰だけを目的としたサポートや支援はいろいろあるのですが、職場復帰した後のメンタルサポートに関する理解や支援がまったく足りないのが問題なんです。就労世代の患者さんに特に多いのが、せっかく治療がうまくいったのに、治療を終えて仕事に復帰した後でつまずくというケースです。

仕事のペースを取り戻すために、少なくとも半年から1年はかかる

──せっかく復帰できたのに、その後つまずいてしまうというのは、どういう理由からなんでしょうか。

小川 「患者さん自身が予想する以上に復帰には時間がかかる」という情報を教えてもらえる機会がほとんどないんですよね。これが原因だと思います。治療後に体調が戻ってから、自分で仕事のペースを取り戻すまでには、少なくとも半年から1年はかかるものです。しかし、メディアでは「復帰できる」という情報ばかりがフィーチャーされているために、復帰すれば、以前と同じペースでバリバリ仕事ができると勘違いする患者さんが多いんですよ。

 復帰してみてはじめて、ペース作りをしなければならないことや、思うように仕事ができない自分に気がついて「こんなはずじゃなかった」とつまずいたり、社会から疎外されたと感じたりして鬱になる、というケースも多く見られます。