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「完全に詰んでいる」兄の失踪、娘との別離…朝ドラ史上最悪の“鬱展開”『カムカムエヴリバディ』で垣間見えた、上白石萌音の“スゴさ”

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2021/12/22
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 NHK連続テレビ小説の主人公は通常、強いヒロイン像として描かれることが多い。基本的に名を成した女性をモデルにした一代記、半生記の形を取ることが多いため、その脚本は結果的にサクセスストーリーの軌道を描くのだ。

 だが現在放送中の『カムカムエヴリバディ』、3世代のヒロインを3人の女優が演じる斬新な構造の朝ドラのトップバッター・安子編の物語は、少なくとも第一部も大詰めの現時点においてはサクセスストーリーとして描かれてはいない。

 それは「困難に負けず夢を叶える」という朝ドラの王道とはあまりに違う。戦争という巨大な暴力で夫を失い、戦後の激動に翻弄され、ついには愛する娘とも別れる、1人の日本女性の敗北の物語だ。

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上白石萌音 ©共同通信社

朝ドラなのに、「サクセスストーリー」を描かない

『敗北を抱きしめて』(ジョン・ダワー著)という、ピュリッツァー賞を受賞したノンフィクションがある。玉音放送によって聖戦と信じた戦争の敗北を宣言された後、日本人がどのように敗戦を受け入れ、社会と意識を変革していったかを丁寧に追った記録だ。その上巻、第2部第5章『言葉の架け橋』に実はNHKラジオ「英語会話」、通称「カムカム英語」のことが記述されている。

『証誠寺の狸ばやし』のなじみ深いメロディに「カム カム エブリボディ」(同書から)と英語歌詞をつけた、教育番組としては当時珍しいテーマソングを選んだ理由を、番組講師平川唯一は、新生日本に自信を持ってもらいたいという気持ちからそうしたと語る。

 ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』がこの物語の下敷きにあるかどうかは分からない。だが、この異例の構造を持つ朝ドラが、まず何よりも「敗北」を描くところから出発をしていることは確かだ。第1部の安子は、自分なりの良心、自分なりの信念でなんとか自分の人生を切り開こうと、父に作り方を教えられたおはぎを売り歩く。

 朝ドラの王道ならその努力は報われ、安子は職業女性のさきがけとして自分の人生を切り拓いていけるはずだ。だが、この物語はそのサクセスストーリーの軌道を辿らない。

 安子が必死に稼いだ金を兄の算太は持ち逃げし、すべてを失った安子は娘のるいを家に残して大阪で兄を探すが、ついに雨の中で倒れる。それは自己実現でもなければサクセスストーリーでもない。渦巻く社会環境に必死に抗った末の、力尽きた敗北の物語だ。