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 そうした状況のなか、精神医療に携わる先人たちはさまざまに取り組んできました。精神保健の法律を改正する・国際的な診断基準を導入する・長期入院を減らせる制度づくりを進める・偏見まみれになってしまった病名を変更する、等々の改革が行われ、より開かれた、より公正な精神医療が実現するようになりました。平成10年頃からは副作用の少ない薬が相次いで登場し、メンタルクリニックの開業ラッシュが起こったことも相まって、うつ病などの治療はより敷居が低く、より苦しくないものへと変わりました。

 また、厚生労働省のグラフからも読み取れるように、高齢化社会の到来によって認知症の患者さんが増加したこと、自閉スペクトラム症や注意欠如多動症や限局性学習障害といった発達障害が広く知られるようになり、診断と治療の需要が生まれたことも精神科を受診する患者さんの数を増大させた、と言えるでしょう。

相談相手は「身近な人」から「専門家」へシフト

「生活定点」調査のデータと『患者調査』のデータの辻褄を合わせるとしたら、どう考えるべきでしょうか。私なら、「ストレスを感じる人は今も昔もそれほど変わらないが、ストレスを感じるようになった時、精神医療を利用する人・利用せざるを得ない人が増えた」と想像したくなります。同じく「生活定点」によれば、(3)「病院に行かずに健康相談できる人が身近にいてほしい」の割合は、調査が始まった1998年から2020年の間に大きく低下しています(29.6%→16.8%)。ストレスやメンタルヘルスなど健康上の問題が生じた時、平成のはじめの人々は身近な人に相談したいと思っていたようですが、平成の終わりには、身近な人に相談したいとはあまり思わなくなったようですね。

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写真はイメージです ©iStock.com

 同じく1998年から2020年の間に(4)「ストレスを感じる理由は何ですか?[ストレスを感じると答えた人のみ回答]」という質問に対し、「家庭での人間関係にストレスを感じる」と答えた人が25.4%から34.3%に増加したことをみるにつけても、ストレスやメンタルヘルスの悩みは身近な誰かと一緒に抱えるものから、精神医療の専門家に委ねるものに変わっていったさまがみてとれるように思います。

 では、ストレスやメンタルヘルスの悩みを精神医療の専門家に委ねるのが当たり前になった今の状況は、望ましいものなのでしょうか。

 素人の生兵法で大けがを生むことが無くなった点や、メンタルヘルスの病気を早期発見・早期治療できるようになったという点では、間違いなく望ましかったと言えます。うつ病や統合失調症の治療では早期発見・早期治療が大変重要です。発達障害は早い段階で発見できれば子どもにあわせた治療や養育ができますし、認知症も早期発見・早期治療によって余生を豊かにしたり介護者の負担を減らしたりできます。メンタルヘルスの問題を精神医療が広くカバーするようになったことで、多くの患者さんの生活の質が向上しました。