博報堂のシンクタンク「博報堂生活総合研究所」は、多角的かつユニークな観点で、市場や業種の枠を超え、俯瞰的に生活者の動向を探る世界有数のシンクタンクとして知られている。
同所は、消費・お金、食、情報、働き、交際、社会意識をはじめとした、さまざまな切り口で生活者の価値観の変化を約30年に渡って調査を続け、「生活定点」として発表してきた。そのデータを元に、気鋭の筆者が平成を振り返る論考を寄せた一冊が『博報堂生活総研のキラーデータで語るリアル平成史』(星海社新書)だ。ここでは同書の一部を抜粋し、精神科医の熊代亨氏がみた平成31年間のメンタルヘルスの変化について紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)
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精神科外来の受診者数が急増
平成の30年間のうちに、精神医療の現場が大きく変わり、私たちのメンタルヘルスのありようも大きく変わりました。そうしたことについて、「生活定点」調査のデータも交えながら述べてみます。
まずはストレスに対する感覚について、「生活定点」を覗いてみましょうか。(1)「精神的に疲れを感じていることが多い」のグラフをみると、1992年で41.5%、2020年で39.1%とほぼ横ばいの状態が続いています。(2)「ストレスを感じる」のグラフをみても、74.6%から72.0%と同様です。これだけみると、平成の30年間に私たちのストレスはあまり変わらなかったか、微減したようにみえます。
ところが精神科の統計データを眺めると、世の中が全く違った風にみえます。厚生労働省『患者調査』によれば、精神科を受診する患者さんの数は平成時代をとおして右肩上がりに増え続けました。下のグラフをみれば一目瞭然ですが、平成11年から平成26年の間でざっと2倍、現在では400万人以上の方がメンタルヘルスの病気でなんらかの医療機関を受診しています。精神科病院に入院している方の数こそ減り続けているものの、外来を受診している方の数は急激に増加しているのです。こちらの統計をみると、生きづらさやストレスが急増しているようにみえます。いったい何が起こったのでしょうか。
精神医療の側から考えると、外来患者さんの急増は長年の努力の成果だ、と言えるかもしれません。昭和時代の精神医療には「不治の病」「一度入院したら出られない」といったネガティブなイメージがついてまわり、実際、精神科病院への平均在院日数は優に400日を超えていました。平成のはじめ頃はメンタルヘルスの病気に対する偏見は今よりずっと強かったため、取り返しがつかないほど病状が進んだ後に受診する方も少なくなかったのでした。