世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいはスルーされてしまった傑作から、徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。
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限定された僅かな紙数で、ひとりの人間の人生をある角度から切り取り、その全体像を浮かび上がらせる――それが短篇小説の真髄ならば、結城昌治はその至芸を極めた作家のひとりである。『あるフィルムの背景』は、そんな結城の短篇集の中でも最高傑作として名高い。
表題作は、笹田という検事が、わいせつ図画販売で男が起訴された事件の証拠品であるエロ映画の上映会に参加し、そこに自分の妻そっくりな女が映っているのに気づくところから始まる。笹田は出来心で、その女が写っている写真を妻に見せたが、それが取り返しのつかない事態を招くことに……。笹田が辿りついた真相はあまりにも悲惨なものだが、それを知って彼の中で沸騰する激情にさえも水をぶっかけるかのような、ラスト一ページの虚無感はちょっと比類がない。
「孤独なカラス」も、淡々とした文章で狂気を生々しく突きつけてくる恐怖小説の絶品で、読後奈落に突き落とされた気分になることは必定。他にも、憧れの相手にレイプされた女がその後辿った残酷すぎる運命を綴る「惨事」、平凡な人生を送っていた男の心に魔が差した結果の犯罪を描く「私に触らないで」等々、人間の運命のままならなさを、短い分量で的確に抉り出した作品が多い。煽情性も押しつけがましさも排したソリッドな文章が、かえって読者の感情を自在に操作してゆく効果を上げている点が結城の真骨頂と言える。
最近刊行された日下三蔵・編のちくま文庫版は、全八篇の角川文庫版に五篇を追加した決定版。新しい収録作にはコミカルなものも含まれているが、その笑いの質は相当にブラックである。(百)