前科9犯の男
「強いて言うならば、ベースの頭上にあるライトが前は夜になると消えていたのだけど、今年の4月から24時間点灯するようになった。これが“出て行ってほしい”という行政からの無言の圧力と捉えられなくもないけども」
炊き出しのメニューは、「トマト・みかん・わかめご飯(アルファ化米)・ドライカレー(アルファ化米)・白がゆ・ビスケット」。トマトとみかんは2回分もらうことができた。アルファ化米というものは初めて見たが、災害時やキャンプのときに食べるもので、お湯を入れると15分、水だと1時間で食べられる状態までふやける。炊き出しでは定番のメニューだという。
黒綿棒はふれあい通りとは別の通りで、島野君という若いホームレスとふたりで暮らしているという。つい先週までは黒綿棒と島野君の間にもうひとりホームレスがいたそうだが、「施設に入るかもしれない」と言い残して消えたらしい。
「間にいたホームレスはどんな人だったんですか?」
「なんだか異常な様子でこの一帯をウロついている奴がいて、視界に入るもんだからこっちもイライラしてたんだよね。そしたら彼がハイアットの地下広場で寝ているところを通報されてね。放っておいたら自分たちの評判も悪くなりそうだから、仕方なくとなりに定着させたんだよね」
その彼がこの地に流れ着いたのはつい3週間前の7月頭のことだという。生活保護施設に入居していたものの、嫌になって逃げてきたらしい。前科9犯。黒綿棒が聞いた限りではすべて覚せい剤での逮捕だという。前科9犯の男が帰ってくる見込みはなく、黒綿棒と島野君の間にはちょうど一人分のスペースが空いている。今いる場所よりだいぶ面白そうであるし、前科9犯の男が帰ってきたらそれはそれで興味深い。
「ふれあい通りの居心地がどうも悪くて。なぜ向こうには寝ないんですか?」
「あそこは派閥みたいなのがあるから。ふれあい通りは北側の車線よりも南側の車線にいるホームレスのほうが偉いみたいで、その中でも小太りのホームレスが威張っているんだよね。彼は炊き出しでもらった食事を捨ててコンビニで飯を買うことがたまにある。
以前、“食べ物を粗末にするな”と彼に怒ったことがあるんだよね」
「やっぱりボスみたいな人がいるんですね」
「僕はボスだとは認めていないけども」
「じゃあ、ボス風ということで」