2021年4月に行われた厚生労働省の調査によれば、日本の路上生活者、いわゆる「ホームレス」と呼ばれる人々は3824人にのぼるという。しかし、彼らがどのような暮らしを送り、何に困り、なぜホームレスという生活を選択したのかといった社会制度や福祉ともつながる問題については、調査だけで実情を知ることは難しい。
「新宿のホームレスの段ボール村」を卒論のテーマにし、筑波大学を卒業後、ルポライターとなった國友公司氏は、ホームレスたちと交流を重ねながら2ヶ月の路上生活を過ごし、その経験を『ルポ路上生活』(KADOKAWA)にまとめた。
ここではホームレスの生活実情に迫った同書の一部を抜粋し、コロナ禍と五輪開催が路上生活に与えた影響について考える。(全2回の1回目/後編を読む)
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同棲生活が始まる
7月24日。
西新宿の路上でダンボールを3枚拾い、ついでにゴミ捨て場にあったソファのクッションも枕用に拝借し、深夜3時にはようやく浅い眠りにつくことができた。暑さに関しては何も改善されていないが、寝床の改善によって快適度は劇的に変わった。
しかしどんなに眠くても、朝は日差しと車の音と蝉の鳴き声で5時には目覚めてしまう。眠い目をこするどころか徹夜明けの胃がもたれるような感覚がある。近くを見るとまだ寝ているのは自分だけで、目の前にダンボールハウスを構える60歳半ばの男性は、路上の掃除をしている最中だった。
箒とちり取りで道路を入念に掃き、砂利ひとつ残さない勢いで20メートル先まで掃除している。起きたら捨てに行こうと思っていた私の空の弁当を拾い上げ、指先のスナップでピッと投げると、弁当はクルクルと弧を描きながら男性のダンボールハウスの壁際にドンピシャで着地した。えげつないほどの型の付きようである。
この男性、昨日も夜6時にどこからか帰ってきては、固めてある荷物をほどき、中から出てきたダンボールのパーツを洗濯バサミで止めながら丁寧に家を建設していた。そして今は、巻き戻し再生のようにまったく同じ順序で家を解体し、6時前にはどこかに出掛けて行った。
睡眠不足のまま日中を外で過ごすのはかなり厳しい。それでいて、夜は夜で芋虫のように朝までモゾモゾしていたら次の朝には倒れてしまいそうである。私はもう一段階、寝床を整えることにした。ダンボールハウスで寝ている人も、ダンボールを敷いて寝ている人も、毛布やら寝袋やらを敷布団にしているのだ。
都庁から自転車で10分ほどの東新宿エリアには、ホストなど水商売の人々が住む小綺麗なマンションが数多ある。水商売は入れ替わりの激しい職業なので、マンションのゴミ捨て場はおそらく寝具であふれているはずだ。
果たして、同エリアのとあるマンションのゴミ捨て場にはまだまだ使えそうな寝具が積み上げられていた。管理人にどれか1つもらっていいかと尋ねると、「ゴミですからいくらでもどうぞ」と選び放題の様子である。私は敷布団を1枚もらうことにした。これで、少しはストレスが軽減されそうである。
昼過ぎまで布団の上で寝転んでいると、「これから都庁の下で炊き出しあるの知ってます?」と、ひとりの男が話しかけてきた。昨日、マカロニを茹でた後に引っ越しをしていた黒綿棒(編集部注:筆者がつけた呼び名)である。