「私が首都圏の一般家庭における食卓の実態調査を開始した20年前は、『個化』する日本人の問題が盛んに語られていました。家族より個に注目して、単身の若者たちを研究する人が多かったんです。でも私は“家族”に着目した。最も個化しづらい場であるはずの家庭で“個”の変化を見つめた方が、その問題がはっきり現れると考えたからです。食卓は、その定点観測の場として選んだだけです」
岩村暢子さんはこれまでに413世帯を調査し、実に1万5611枚の食卓写真を収集・分析。700時間以上のインタビューを行ってきた。この度上梓した『残念和食にもワケがある』では調査データに基き、一般家庭における和食の姿を明らかにしている。そもそも“和食”はどのように定義されるのか?
「『和食文化国民会議』名誉会長の熊倉功夫先生も『1950年代までに日本人が食べていたのを和食と考えては』と、ある時おっしゃっていましたが、私もそう思います。とんかつやオムライスも入れていいという感覚です。それに1960年以降は、食のみならず家族や個のあり方が非常に変容したので、調査対象は親が60年以降生まれの家庭としています」
本書ではご飯、味噌汁、魚から調味料や和食器、伝統の行事食や親子間の伝承まで具体的な事例に即して和食の変容に迫る。白飯は味がないと敬遠し、箸ではなくスプーンやフォークで食事をする等、驚きの実態が次々と暴かれる。著者が収集した主婦の本音や生々しい食卓の写真は圧巻だ。
「冬の定番『鍋料理』も大きく変化しつつあります。かつては家族が一斉に食卓につき、主婦が素材の煮え頃・食べ時を見繕って目配りをする前提で成立していました。ところが今は家族揃って、同時に同じものを食べることの方が稀で、下働きする人もいない。味付けも具材も好みはバラバラ。『鍋』という名称で呼ばれてはいるが、果たしてそれは日本人が愛でてきた鍋なのか――」
「決して和食の崩れを批判する本ではありません」と強調しつつ、岩村さんは警鐘を鳴らす。
「料理は復活できても、伝統的な食材や器などは一度途絶えると元には戻らない。それに、和食を支えてきた家族関係や働き方、自然との向き合い方など様々なことが激変しています。和食の無形文化遺産登録は、『本当に私たちはそれを取り戻したいですか?』と問うているのだと思います」
『残念和食にもワケがある 写真で見るニッポンの食卓の今』
20年に渡り首都圏の一般家庭における食卓を定点観測してきた著者が、その実態を詳細にレポート。白いご飯は味がないから苦手、ご飯も味噌汁もスプーンで食べるなど、驚きの現状が次々明らかに。400人以上の主婦へのアンケート、1万5000枚以上の食卓写真等から現代の家族と個のあり方が浮き彫りとなる。