全方位にツッコまれない「目配せドラマ」に
1話目では、社会問題に目覚めたミランダが「問題に加担する側だった」企業弁護士を退職し、大学生に。しかし人権やLGBTQといった今日的テーマを“わかっている人”であろうとするあまりに空回り、若者たちの前で失言を連発。“イタい人”になってしまいます。
気鋭のコラムニストだったキャリーも出版不況の煽りを受け、ポッドキャストに活躍の場を求めていました。キャリーが呼ばれた番組は、『X Y アンド ミー』。仕切るのはノンバイナリーのメキシコ系コメディアン、チェ・ディアスで、「男女や性の役割(ロール)、シナモンロールをも熱く語る番組です」と番組を紹介。そこで繰り出される過激な性の話(というか下ネタ)についていけなかったキャリーは落ち込みます。
他にも、ミランダが師事する大学教授がブレイズヘアの黒人女性だったり、その彼女が体外受精に励んでいたりと、LGBTQ、人種、高齢出産、エイジズム等々……あらゆる問題がてんこ盛り。『AND JUST LIKE THAT...』は、そんな“今”にうまく対応できていないキャリーやミランダたちの戸惑いを描いているのでしょう。
たしかにアラフォーの自分も、相手の「彼氏/彼女」について聞くとき、「パートナーの方は…」と頭でぎこちなく変換してしゃべることもしばしば。ここ数年はジェンダーロールの押し付けやルッキズム的発言をしないよう心がけています。
そんな自分の“今”と照らし合わせたこともあり、第1話は特に、全方位にツッコまれないことからスタートした「目配せドラマ」という気がしました。
たしかにキャリー、ミランダ、シャーロット、サマンサという4人の主要キャラは全員、「シスジェンダーで異性愛者の白人女性」というマジョリティ側で、そのバランスは今の時代にフィットしないかもしれません。
それでも、仕事と生活が地続きのキャリーのライフスタイルや、男選びの際に相手の経済力を考慮に入れないサマンサやミランダの姿は、常に自分にとって「憧れの女」であり続けています(あと、装飾過多なパステルカラーの駅チカ的下着でなく、無地のブリーフをチョイスするキャリーのセンスも)。
好きな仕事で稼いで、家賃より高い靴を買い、お気に入りの男と遊ぶ。結婚も子どもも自分でしたいように選べばいいし、悩んだときには、味方になってくれる女友だちがいる……。18の自分がどうしようもなくこのドラマに魅了されたのは、「大人の女ってめちゃ楽しそうだな」と思えたからでした。