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――それは相当大変だったのでは。今回、初の時代ものの長篇でしたが、米澤さんはこれまでも、中世ヨーロッパを舞台にした『折れた竜骨』で日本推理作家協会賞を受賞し、初の独立した短篇をおさめた作品集『満願』で山本周五郎賞を受賞し、ネパールの王族殺害事件を題材にした『王とサーカス』で年末のミステリランキング3冠を達成するなど、新たな挑戦をした作品で高い評価を得てきましたよね。

米澤 全部、「本当にこの路線でいいんですか?」と自分自身はためらっていたんですよね。でも編集者の方々が「いいんです。これで行きましょう」と言ってくださった。実は『満願』の時も「これ、シリーズキャラクター出さなくていいんですか?」と言ったんですけれど、「いや、独立短篇集を作ってほしいんです」と編集者さんが一切譲らなかった。そういう覚悟がおありなら、と、私としては喜んで書きました。

©文藝春秋

――ご自身も独立短篇集は好きですよね。本当に、いろんなものが書ける方だなあと。

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米澤 いろんなものを書いても、ミステリーに軸足を置いているから「米澤を読んでいる感じがするな」と思ってもらえたことも確かだと思います。でも自分で「米澤を読んでいる感じ」にとらわれすぎるのもどうかと思うので……。うーん、本当にいい小説を書く道がどっちにあるのかは分かりませんね。

ミステリーに軸足を置く理由

――昨日の会見でも「ミステリーが軸足であり柱である」とおっしゃっていましたけれども、どうしてそう思われるんでしょう。

米澤 デビューする前、習作を書いていた時に、なかなかいいものができなかったんです。書けてはいるし、面白いと思うんだけれども、それ以上の感触がない。でもミステリーを書いてみたら、当時の自分の文章とミステリーの理で割っていく考え方がすごく相性がよかった。当時はまだ作家ではなかったですけれども、自分という人間のものの考え方、文の書き方にはミステリーがよく合うんだと気づきました。

――それで最初に「日常の謎」系のミステリーを書き始めたわけですが、その後はミステリーでもさまざまなタイプのものを書かれていますね。

米澤 そうですね。最初に「日常の謎」が面白いと思ったのは、北村薫先生の『六の宮の姫君』でした。すごいな、と思いましたね。あの作品がやっているのは近代文学史なんですよね。近代文学史でもってミステリーが書けるということは、およそ人間が好奇心を持つものは何でもミステリーになるだろう、という自由さを感じたんです。それで自分も「日常の謎」から入って、他のミステリーも自由に書いていくようになりました。

北村薫『六の宮の姫君』(創元推理文庫)

――ミステリーの理で割っていく考え方との相性がよいとのことでしたが、どの作品も理で割り切れない心の揺れや痛みや切実さが浮かび上がりますよね。

米澤 言われてみればそうかもしれませんね。もともと習作時代には、おっしゃったような、痛みであるとか、ままならなさであるとか、失望であるとか、そういうものを書いていたんです。でもそれをそのままダイレクトに書いても、自分の場合は優れた小説にならなかった。ですから、それをそのままぶつけるのではなく、ミステリーの中に溶け込ませて、全くないものであるかのように読ませておきながら最後にぐわっと出てくるお話を書きたかったのかもしれません。だから、『黒牢城』も、何についての話であるのかがあからさまに出てこずに、最後になって浮き上がってくるという意味で、これまで私が書いてきたものに近いと思っています。

直木賞受賞には「戸惑いがあります(笑)」

――確かに、そういう意味で米澤さんは一貫していますね。

米澤 変な話、これまで書いてきたものをそのまま書いたらすごく高い評価を頂いた、という戸惑いがあります(笑)。どこが優れていてこうなったのかは、自分でも分からない。でも、分からないというのは、もしかしたら少し、いい小説が書けるようになってきた、ということかもしれない。もちろん、本当にいい小説とは何なのかよく分からないし、道はまだまだ先があるだろうという思いはあります。でも、もし少しだけでもいい小説が書けるようになったのであれば、自分が進んでいる方向自体は間違っていない。それを今回、選考委員の先生方におっしゃっていただいた。そういうふうに思っています。

撮影=松本輝一/文藝春秋

黒牢城 (角川書店単行本)

米澤 穂信

KADOKAWA

2021年6月2日 発売