いわゆる捕物帳というスタイルを別にしても、推理作家が時代小説を手がけるケースは少なくない。
山田風太郎の忍法帖シリーズ、笹沢左保の木枯し紋次郎シリーズ、北方謙三の中国歴史ものなどは、ミステリ作品以上に各作家の代表作となっているし、戦前の角田喜久雄、戦後の多岐川恭のように創作活動の中心が完全に時代小説にシフトしたケースもある。
《古典部》シリーズ、《小市民》シリーズ、『追想五断章』『満願』など質の高い作品で常にミステリ界をリードしてきた米澤穂信の最新作『黒牢城』は、戦国時代を舞台にした著者初の時代小説である。
天正6年、織田信長に反旗を翻した荒木村重は、堅固極まる有岡城に籠城していた。だが、巨大な密室ともいえるこの城の中で、奇妙な事件が頻発する――。
第一章「雪夜灯籠」では納戸に閉じ込められていた人質が何者かに殺されるが、凶器はどこにもなく、降り積もった雪の上には誰の足跡もなかった……。
第二章「花影手柄」では確かに討ち取ったはずの敵将の首級が、いつの間にか消失してしまう。
第三章「遠雷念仏」では村重が密命を託した僧が何者かに殺されるが、現場の庵に出入りした人物の行動を確認しても、犯行が可能だった者が見当たらない。真犯人は、果たして誰か?
これらの怪事件が起こるたびに、村重は地下の土牢に足を運び、そこに捕らえられている人物の知恵を借りることになる。和睦の使者として有岡城を訪れ、そのまま幽閉されている智将・黒田官兵衛である。
つまり、この作品における黒田官兵衛は、安楽椅子探偵ならぬ「囚人探偵」というべき役どころなのだ。
そして数々の不可能状況には、一応の論理的解決が示されながら、わずかに割り切れない部分が残るのだが、第四章「落日孤影」でそれらの真相、官兵衛の真の目的、村重の思惑が一気に明らかになるのである。
短篇連作でありながら、通して読むと長篇としても読める《連鎖式》は、山田風太郎が『誰にも出来る殺人』『明治断頭台』といった傑作で披露した超絶技巧だったが、米澤穂信は本書でこのスタイルに挑んで、見事な成功を収めている。
荒木村重の謀反と一年に及ぶ籠城、黒田官兵衛の幽閉といった「史実」には、いっさい変更を加えることなく、史実と史実の隙間に異常な事件、異常な心理、異常な解決を盛り込んでいる訳だが、よく考えたら、これも山田風太郎が忍法帖シリーズや後の明治小説で得意とした手法であった。
著者はファンタジー世界を舞台にした『折れた竜骨』で第64回日本推理作家協会賞を受賞しており、作中での論理性が強固ならばどんな設定でも本格ミステリは書ける、との自信を持っているはずだ。戦国時代を舞台にした本書も、その表れの一つに違いない。
よねざわほのぶ/1978年岐阜県生まれ。2001年『氷菓』で角川学園小説大賞奨励賞(ヤングミステリー&ホラー部門)を受賞しデビュー。11年『折れた竜骨』で日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)、14年『満願』で山本周五郎賞受賞。
くさかさんぞう/1968年、神奈川県生まれ。書評家、フリー編集者。編著に『年刊日本SF傑作選』(大森望との共編)ほか多数。