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〈デビュー25周年〉「鈴さんの活躍を書いた時、吉永小百合さんを頭の片隅に置いていた」 吉田修一が『ミス・サンシャイン』で書いた“長崎の原爆”のこと

吉田修一さんインタビュー#1

2022/01/31

source : 別冊文藝春秋

genre : エンタメ, 読書, 映画, 歴史

原爆に人生を奪われていた「ラッキー・ガール」

――鈴さんには亡くなった親友、佳乃子(かのこ)さんがいますよね。幼いころに一緒に被爆し、のちに亡くなった彼女に対する鈴さんの思いがだんだん胸に迫ってくる作りになっている。

吉田 1945年にアメリカの「LIFE」誌に掲載された、「ラッキー・ガール」という写真があるんです。原爆が投下された直後の長崎の焼野原で、防空壕から顔を出した日本人女性の写真で、当時アメリカで評判になったんですよ。日本ではあまり話題になることはなかったのですが、今でも長崎の人はなんとなくみんな知っている。最初は、佳乃子さんを主人公に、その「ラッキー・ガール」の話を書こうと思ったんです。これは重いテーマになるなと感じていました。

 

――いま「ラッキー・ガール」の写真を拝見しました。周囲が瓦礫だらけのなかで、防空壕から顔を出した女性が、カメラに向かって笑顔を見せていますね。

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ミス・サンシャイン』文藝春秋

吉田 そう、被写体となった女性は、写真の中で笑っているんですよね。防空壕の中にいたから「生き延びた」ということで「ラッキー」とされたわけですけれど、その女性は、後に原爆症で亡くなるんです。皮肉じゃないですか。聞いた話では、あれは自然な笑顔ではなくて、カメラマンが、「笑ってください」とお願いしたらしいんです。周りが死体だらけの中で、怖い思いを抱えながら、仕方なく笑っている。

 この写真を見ているうちに、彼女のありえたかもしれない人生について思いを馳せるようになりました。たとえば女優さんとかになって、アメリカに行って人気者になっていたら……とか。そうして生まれたのが鈴さんです。鈴さんの輝かしい人生を書くことで、佳乃子さんのように、原爆に人生を歪められた人たちの人生を照らし出すことができるのではないかと。

――そして、鈴さんを描くために一心君が浮かんだ、という感じですか。

吉田 鈴さんが自分で「私は大女優だ」って言うわけにはいかないですからね(笑)。彼女の半生を語るためには一心君が必要で、一心君がどういう若者かと伝えるために桃(もも)ちゃんが出てくる……というふうに考えていきました。

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