『週刊文春』を買ったら、まず、小林信彦さんの連載コラム「本音を申せば」のページを開く――という人は多かっただろう。
1998年に連載スタート。2017年に脳梗塞で倒れたものの、右手と脳にはダメージは無く、書き続けることができたのは、御本人にとっても読者にとっても幸いなことだった。
『週刊文春』の連載は2021年7月8日号で終了ということになったのだが、今回、連載をまとめた『日本橋に生まれて』を読んで……ホッとした。さすが、とも思った。
それぞれのコラムの最後に、掲載号の日付が明記されていて、闘病の中であっても「書くこと」に関するダメージは、ほとんど無いと察せられた。
さて。『日本橋に生まれて』の第一部は、「奔流の中での出会い」と題して、親交のあった人たち――17人をテーマにしたもの。
野坂昭如さん、渥美清さん、植木等さん、江戸川乱歩さんといった人たちに混じって、だいぶ若い柄本佑さんが取りあげられているので、エッ?!と目を見張ったのだが……小林信彦さんは『おかしな男』と題して渥美清さんの伝記を書いたことがあり、それはNHKのBSプレミアムでTVドラマ化された。そのドラマの中で渥美清さんを演じたのが柄本佑さんだったのだ。
小林さんは、このキャスティングに驚き、喜こんだ。「柄本さんは優しそうであり、岩オコシみたいな渥美さんとは似ても似つかないのだが、しかし似ていると言わざるを得ない」「独特な“細い眼”が色っぽくも見え、観客をひきつけているのではないか」と。
あいにく私は、そのドラマを見逃した。ぜひとも観たいと思わせる評だった。
小林さんは橋本治さんとは一度だけだが会ったことがあり、商家の子どうし、おおいにシンパシーを感じたようだ。「橋本治ちゃん」と、ちゃんづけで書いているのが、ほほえましい。
植木等については「その1」「その2」と二度に渡って詳細に書かれている。植木等が演じた『ニッポン無責任時代』の主人公・平均(たいらひとし)にはモデルがあったという。
「東宝の社員でもないのに、会議に加わって口出しする変な男」で、「のちにハイジャック犯で逮捕され」たという人物――。エッ、いったい誰だろう。
さて。第二部は「最後に、本音を申せば」と題して、人物像から少し離れて、映画、TVドラマ、生まれ育った家の話、あの世に行った人々への思いなど。
「エノケンと坂本九の話」というタイトルのエッセーの冒頭、「週に2回、デイサービスという会に通っている」とあって、驚いた。
ちゃんと考えれば、小林さんは今年の12月12日(生まれた年はだいぶ違うが小津安二郎監督と同じ誕生日)には90歳になろうという人なのだった。私はいつまで経っても、その事実を忘れてしまう。
こばやしのぶひこ/1932年、東京生まれ。翻訳推理小説雑誌編集長を経て作家に。73年、「日本の喜劇人」で芸術選奨文部大臣新人賞、2006年『うらなり』で菊池寛賞受賞。近著に『決定版 日本の喜劇人』。
なかのみどり/1946年埼玉県生まれ。コラムニスト、エッセイスト。著書に『まさかの日々』『ほいきた、トシヨリ生活』など。