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事務所は「眉毛は細くしないでね」と、でもピアスの穴は4個空けてた…野村佑香(37)が語る「チャイドル」時代の素顔との“ギャップ”

野村佑香さんインタビュー #1

2022/02/19

 90年代なかば、小中学生のジュニアモデルが巻き起こした「チャイドル」ブーム。『木曜の怪談』シリーズ(フジテレビ系)への出演をきっかけにブレイクし、ブームの中心的存在であった野村佑香さん(37)は現在女優業にとどまらず、テレビ番組のDIY企画などでも活躍している。 

 当時ファッションアイコンとして同年代から熱い支持を集めた野村さんに、「チャイドル」ブームの裏側を聞いた。 (全2回の1回目/2回目を読む)

野村佑香さん

◆ ◆ ◆

思春期真っただ中、事務所からは「眉毛は細くしないでね」と

――90年代のなかば、野村さんは「チャイドル」として脚光を浴びます。当時、小学生の高学年くらいですよね。 

野村佑香さん(以降、野村) そうですね。チャイドルと呼ばれだしたのは5、6年生の頃だったと思います。 

――10代前半のその頃って、女の子でもヒゲが濃くなったり体型が変わったりして、私なんかはなんともいえない見た目になっていました。野村さんも、思春期特有の見た目の変化によるご苦労などあったのでしょうか。 

野村 みんな迷走する時期ですよね(笑)。ただ、私の場合は現場でキレイにしてもらえましたし、それこそヒゲの処理はプロのメイクさんに聞ける環境があったので、ラッキーなことにそこはクリアできましたね。 

 身体的な変化ではないんですが、当時は「アムラー」全盛期で細眉ブームということもあり、事務所から「眉毛は細くしないでね」と言われていました。 

――ギャル系はNGだったんですね。 

野村 「あなたの路線はそっちじゃないよ」と言われて、「へぇ、そうなんだ」と(笑)。 

――野村さんご自身もギャル系にはあまり興味がなかった? 

野村 どちらかというとサブカル寄りだったんです。高校時代はヒステリックグラマーが好きでしたし、はじめてあけたピアスは軟骨。卒業するときには4つも穴をあけました。 

 

――そのイメージはまったくなかったです。プライベートと「野村佑香」としての顔は切り分けているんですね。 

野村 私はアーティストじゃないので、仕事で素の自分を出す、みたいなことは考えたことがなかったですね。 

「もうヤダ~~~ッ」姉妹でのCM撮影で起きた出来事

――そもそも子役やキッズモデルって、大人のようなプロフェッショナルさを求められる部分もありながら、子どもらしさを求められる瞬間もあったりして、高い順応性が必要なのではと想像していました。 

野村 そういう意味でいうと私は適応能力が高かったかもしれません。妹も一時期モデルをやっていたんですが、姉妹でCM撮影に臨んだ時、何度もリテイクがかかったんです。 

 そうしたら「もうヤダ~~~ッ」と妹が大泣きしちゃって。その姿を見てすごく不思議に感じたのを覚えています。