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本橋麻里「選手に『頑張れ』なんて言いません」 現役時代から引っかかっていた“違和感の正体”

ロコ・ソラーレ代表理事 本橋麻里インタビュー #3

2022/02/10
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「負けてしまったけど楽しかった」と発言したら怒られて

――なるほど。先ほど「楽しんで」という言葉もありましたが、それこそ本橋さんが出場したトリノやバンクーバーでは「楽しんできます」と発言すると怒られるといった状況もありました。

本橋 ありましたね。国を代表して派遣されているのに笑うなとか、けっこういろいろなことを言われました。でも時間が経って多様性の時代となり、選手の自発性に重きを置いてくれるようになりましたし、選手の声にメディアもファンも耳を傾けてくれるようになりました。その過程で私だけでなく多くの選手が批判されても「楽しんできます」と言い続けて、結果を出して、意図的に変化させた部分もあると思います。そういうふうにスポーツ文化が日本でも定着、進化してくれるといいと思っています。

――ロコ・ソラーレを立ち上げた当時も、批判されたことがあったとか。

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本橋 ある大会で敗退して、でも相手のチームが本当に上手で、こっちも練習してきたものを出したけれど、届かなかった。現在地と課題も得たけれど……という前置きを省略して、「負けてしまったけれど楽しかったです」と発言したら、怒られましたね。それは私の表現力や伝え方が乏しかった部分もあるので反省していますが、試合に関しては楽しめないと勝てないとも思っているので、そこを曲げずに“ロコ・ソラーレらしさ”を貫いていることに一切の後悔はありません。

「カーリングがライフタイムスポーツとして普及していってほしい」と本橋さん ©佐藤亘/文藝春秋

試合の楽しさを知っているから、ストイックに耐えられる

――楽しんで勝つ。揚げ足を取るようで恐縮ですが、そうなるとその「楽しさ」を盾にストイックな努力をせずに、「楽しかったからいいや」あるいは「厳しいトレーニングは楽しくないからやらない」という選手が出てきてしまう弊害もある気がします。

本橋 そうかもしれません。でも一流のアスリートは、試合で楽しむためには普段から、時には楽しくない厳しいトレーニングをしないといけないと知っています。逆に言えば試合の楽しさを知っているから、厳しいトレーニングに耐えられる。

 結局、カーリングだけではなくどんな競技も、世界大会やオリンピックに向かい、さらにそこで表彰台に立つのはストイックな人間ばかりです。そのスポーツをどこまで愛せるか。突き詰めることができるか。そのためにそれぞれの内側にある感情を自身で絞り出せる選手が最後まで残ると私は思っています。

藤澤(後)は自他共に認めるカーリング大好き人間 ©どうぎんカーリングクラシック2021

――ロコ・ソラーレでいえば、藤澤五月選手はそういう選手ですか?

本橋 あー、さっちゃん(藤澤)はそうかもしれません。口では言わなくても氷上での言動が「カーリング大好き!」って物語っていますよね。それはジュニア時代からずっと変わっていません。

――当然、藤澤選手にも「頑張って」とは言わない。

本橋 そうですね。さっちゃんはずっとずっと頑張っていますから。どちらかといえば私の「頑張れ」は「もうひとつ、あなたはギアを上げられるよ。上を目指せる余地があるよ」という、応援というより鼓舞に近いですね。そういう意味で自分や息子によく言ってます。