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「社会と戦ったりするより、人間として幸せになってほしい」両親の反対、妹との決裂、それでも伊藤詩織が会見を開いたワケ

『Black Box』より #2

2022/03/08

source : 文春文庫

genre : ニュース, 社会, 政治, メディア

note

沈黙は平穏をもたらさない

 確かに父の言うように、何もなかったかのように過ごす方が傷つかないのだろう。しかし、だからといって、沈黙は平穏をもたらすわけではない。少なくとも私は、沈黙して幸せになることはないのだ。母は、

「起こってしまったことは仕方がない。だけど、事件の直前に、自分のことを評価してくれる人がいて今度会いに行く、と言ったでしょ。なぜそれを聞いた時に、そういう人には気をつけなさい、と一言、母親として注意しなかったか」

 と涙をこぼした。自分を責める母の姿が痛々しく、申し訳なかった。母は最後に、「詩織はもう決めてるんでしょ。やりますっていう報告なのよね。相談じゃない。あなたはいつもそう」と小さく笑いながら言った。

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 特に、妹に対しては今でも申し訳ない気持ちが強い。

 彼女は、私が会見を行うことに最後まで反対した。

「お姉ちゃんの言ってることはわかる。これが大切なことで私や私の友達のためだっていうこともわかる。でも、なんでお姉ちゃんがやらなきゃいけないの?」

 ひたすらそう言った。そして、「英語で会見するなら想像ができる。でも日本語で日本のメディアだけにやることはしないで」とも言った。私の性格をよく知る彼女は最後に、「でも、どうせやるんでしょ」とつぶやいたが、彼女にわかってもらえなかったことは、とても辛かった。

 私が会見をしたのは、今後彼女や私の大事な人たちを、私と同じような目に遭わせたくないという気持ちに尽きる。

 いつか、そのことをわかってもらえる日がくることを願っている。