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2022/02/27

「『フミエは真面目だな』『よく働くね』って言われます(笑)」

――お金といえば村主さんは現在、映画プロデューサーとしても活躍されているということですが、出資者へのプレゼン資料も村主さんが作るんですか?

村主 そうです、そうです。パワポみたいなソフトを使って話したりして。あるいは企画書を作ったり、書類を翻訳したり……。これは一体いつ実を結ぶのかな?という感じなんですけどね(笑)。

――映像制作会社を立ち上げたということですが、経緯は?

村主 いつか自分がプロデュースするアイスショーをやりたいなと思っていて、その中でショーの映像も必要になるだろうということで、映像の制作プロダクションを立ち上げたんです。

 スケートをやっていたときも大変だと思っていましたが、映画業界に参入して、またえらいところに来てしまったと感じています(笑)。

――日本とアメリカでは労働環境もまったく違いますよね。

村主 「フミエは真面目だな」とか「よく働くね」って言われます。私からしたら全然ふつうのことなんですけど(笑)。

 アメリカの映画業界は労働組合がきちんとしているので、時間外労働はありえません。日本だとご飯もろくろく取らないまま、撮影が一区切りつくまで皆わーっと頑張っちゃうけど、アメリカ人は絶対に動かない。カルチャーの差に驚いています。

「いま思えば全然、楽でしたね(笑)」

――でも神聖なオリンピックのリンクで、たった一人で戦った経験があればなんでも乗り越えられるといいますか、屁のかっぱに思えるものですか。

村主 いやいやいや、それはないです。むしろスケートはすべて自分次第、自分の責任なので、いま思えば全然、楽でしたね(笑)。

©文藝春秋

――五輪出場よりも一般社会で働くほうが大変ですか。

村主 スケートの場合は自分が一生懸命頑張って、自分が納得できればそれでいいですけど、仕事には必ず相手がいますからね。振付師の仕事も同じで、生徒をどうにか育てなくちゃいけない。やっぱり相手がいるほうが難しいですよ。

(村主さん提供)

 私はお菓子を我慢できるけど、彼らも同じとは限らないから(笑)。現役のときはそんなこと一度も思いませんでしたが、今振り返ると、自分のことだけに打ち込めたあの時間の尊さを改めて感じますね。

 だから今の目標は、教え子がオリンピックに出場できるようにすること。現役時代は悪夢でうなされていたし、女子シングルの日程が最後だということもあって、両大会とも開会式・閉会式すら出られなかったので、生徒と一緒に経験できたら良いですね。

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