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「こんな試合をやってもらえる選手ではないので…」

 先だって行われた12球団合同トライアウトにも出場した中尾は、この日も2回無失点の堂々たるピッチングだった。真っ直ぐを見せたかったという中尾。しかし同じヤクルト出身の大村と山中と対戦した時だけは変化球を投げた。

「こんな試合をやってもらえる選手ではないので、やってもらえてありがたいと思いました。でもこれほど打ち合いになるとは思っていなかったです。最後の最後に監督に『もう1回いけるか』って言われて『もう限界です』って(笑) 。2回投げて肩パンパンになりました」

 トレーニングは続けているが、ピッチングはトライアウト以来だった。バッティングは高校以来。内野守備は絶対無理だから、と回った外野守備も、小学生の時以来だったそうだ。

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「今日はめっちゃ楽しかったです」と笑顔を見せた中尾。今後は名古屋のクラブチームで野球を続けながら、小中学生に野球を教えていきたいという。Instagramでも発信を始めている。

中尾輝 ©HISATO

 大村は、中尾のドラフト同期だ。この日も車で中尾を迎えに行き、一緒に球場入りをした。チームが分かれたため、「中尾から打ちます」とInstagramでも意気込みを語ったが、「こいつスライダー投げよったんです」と凡打に不満げだった。

 それでもこの日は持ち味の鋭いバッティングを見せていた。第1打席、いきなりの三塁打では、「足がもつれそうだった」と言いながらも全力でダイヤモンドを駆けた。

「実家が遠いので両親は呼んでいないんですけど。一昨年去年と、最後まで『野球観たかった』と言われたんです。来られなくても、映像で見せることが出来たんで、そこは良かったと思います」

 本来投げる予定だった山中の代わりにマウンドにも上がった。本職の捕手では「内さんがすごくキャッチャーしたいっておっしゃってたんで」守ることはなかった。

 大村はヤクルトの球団スタッフとなることが決まっている。この日見られなかったマスク姿も、この先ブルペンキャッチャーとしてずっと見せていくことになる。

「スタッフもいい人ばかりなので、仲良くやっていければいいかなと思います」

 明るく笑う大村は、これからブルペンでのムードメーカーになりそうだ。

大村孟 ©HISATO

「今日は本当に心の底から野球を楽しめました」

 この日登板を回避した山中は、「上半身のコンディション不良です」と笑わせた。キャッチボールはしていたが、引退してからこれまで全く体を動かしていなかったため、「投げたら肩ぶっ飛んで(笑) 準備の大切さを知りました」と登板はせず。サードから大きな声を送った。

「プレイ出来ない分しっかり声を出しました。試合が終わって、野球は楽しいなと改めて感じました。今までプロ野球選手として必死にやってきましたが、今日は本当に心の底から野球を楽しめました。こういう楽しさを、私たちは子供たちに伝えていかなければと思います」

 故郷熊本や、入社したヤクルト本社主催の野球教室では子供たちに指導をしているが、それ以外ではボールも握っていないという。

 この1年は、ヤクルト本社で営業という新しい仕事に打ち込んできた。まだ仕事には全く慣れていない。毎日が勉強期間だ。もしまたプロ野球OBとして登板の機会があったら?という問いには首を振る。

「もうするのはいいですね。見る方で(笑) 。はい」

山中浩史 ©HISATO

 試合の終わりには、セレモニーがあった。プロ野球を卒業する17選手が並び、これからの未来を担う子供たちが花束を渡す。その日訪れたファンがカメラの前で選手たちに「ありがとう」「これからも応援しています」とメッセージを送る映像が流れる。コロナ禍での心づくしは、シンプルだが胸に残った。

 そのまま終わったかもしれない彼らのプロ野球人生に、最後の1ページが加わった。別の道で野球を続ける者、全く新しい仕事に就く者、野球に関わる仕事をする者と、それぞれが新たな道に進み出す。その背中を押すように、ファンが心を込めて見送る。彼らがプロ野球を思い出す時、ファンが彼らを思い出す時、きっとこの日の笑顔が思い出されるだろう。

 毎年多くの選手がプロ野球を引退する。選手たちが自分と野球を見つめ直し、新たな道へと歩き出すためのワンステップ。その時間をファンが共有し、見送ることが出来る舞台として、こうした合同引退試合が恒例になればと願う。

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