「犯人確保」という一報
現場に駆け付けた所轄警察署では、従業員2人を犯人と推測して署へ連行した。犯行時刻、犯行現場にもっとも近い場所にいたからだ。ビザが切れていた2人は、不法残留、不法就労で入管法違反の現行犯でその場で逮捕された。犯人と思われる人物の身柄を確保した所轄署だが、まだ犯人と断定できなかったため、警視庁本庁に応援を要請する。殺人事件であり、外国人が絡む事件のため捜査1課、組対2課の捜査員らが向かうことになった。
応援のため捜査車両に乗り込んだ時、捜査員らはのんびりした感じだったと元刑事Aは明かす。
「犯人確保という一報があったからね。すでに犯人が署にいることだし簡単な事件だなと、サイレンも鳴らさずに向かった。ところが署から入ってくる連絡を聞いていると何かがおかしい。一緒に向った捜査員も『これ、違うのでは?』と言い始めた。案の定、自供もしない、犯人ではないらしいという連絡がきた」
中国人従業員らは日本語がほとんどわからなかったため、何を聞かれても黙りこんでいたのだ。この時、署の刑事課には中国語が話せる捜査員がいなかったのである。
「現場より先に従業員たちに会うことにした。彼らが犯人なら気が楽だが、初動捜査で失敗すると危ない」
元刑事Aは車を署に向わせた。
従業員は犯人ではないと確信
取調べ室に連れてこられた従業員は、組対の捜査員から中国語で「椅子に座るように」と話しかけられると、捜査員の顔を見上げるなり堰を切ったように話し始めた。その様子に元刑事Aは「これはホシではない」と確信したという。
「殺人を犯した人間というのはすぐにわかるものだ。実際、彼ら2人の手には血がついておらず、返り血もまったく浴びていなかった。人を殺した人間の臭いというか、独特の感覚が全然なかった。人を殺してから1年も経てば、色々と準備するので印象が違ってくるが、その日の事件なら殺人を犯しているかどうかすぐにわかる。どんなやつでも、必ずといっていいほど目が血走っている」
2人はまったく冷静だったのだ。
当初は簡単と思われた事件は、すぐに捜査本部が置かれた。加害者の見当がつかず、被害者と重要参考人が中国人であったことから、捜査は組対2課の主導となる。人気ラーメン店の店長が惨殺され、各メディアはこの事件について一斉に報道した。