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「原発事故さえ起きなければ…」11年前、浪江町に取り残されたラブラドール・レトリバーが辿った生涯

「原発事故さえ起きなければ…」11年前、浪江町に取り残されたラブラドール・レトリバーが辿った生涯

東日本大震災から11年 #1

2022/03/11

genre : ニュース, 社会

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 ようやくリリーと同居できたのは12月になってからだ。

 浪江町役場が避難した二本松市。その隣の本宮市の郊外に一軒家を借りられた。今野さんはリリーとの散歩が日課になった。異郷での寂しい暮らしも、リリーがいると元気が出た。

たび重なる避難の後、ようやく今野秀則さんと一緒に住めるようになったリリー(福島県本宮市)

 それだけではない。家を借りたのは6軒の小さな集落だ。人懐こいリリーはすぐに人気者になり、今野さん夫妻も地元の人々と濃い人間関係を結べた。避難先では苦労する人が多かったが、リリーが道先案内をしてくれたようなものだ。

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「昨日までは、あんなに元気だったのに……」

 だが、平穏な生活は長続きしなかった。2015年2月3日。その日は朝から雪が降った。

 リリーは、白い雪を血で真っ赤に染めて倒れていた。下血したようだった。

 獣医が駆けつけてくれる。「昼まで持てば、生きられるかもしれない」と言ったが、なすすべはないようだった。

 リリーは静かに息を引き取った。

「昨日までは、あんなに元気だったのに……。いつもの道を散歩したじゃないか」。今野さんは信じられなかった。

急死する少し前のリリー(福島県本宮市)

 死因は分からない。だが、「放射線量の高い津島が、最も汚染されていた時期に約1カ月も過ごさせてしまいました。犬は人間より地面に近いところで暮らすので、影響がなかったとは考えられません。たび重なる避難でも苦労をさせました。原発事故さえなければ……」。今野さんは唇をかむ。

 出会ってから、わずか6年後の別れだった。

 一度は人間に捨てられ、さらには人間の作った原発に命をもてあそばれたリリー。今野さんは寒い雪の朝を迎えるたびに、リリーを思い出す。

 浪江町では2017年3月に平野部の避難指示が解除されたが、居住者は約1800人と被災前の1割に満たない。津島は一部地区で除染が行われているものの、いまだに帰還困難区域のままとなっている。

リリーの死後、知人のカメラマンの妻が、在りし日のリリーの姿を刺繍してくれた。今野秀則さんの宝物だ

その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。

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