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「原発事故さえ起きなければ…」11年前、浪江町に取り残されたラブラドール・レトリバーが辿った生涯

「原発事故さえ起きなければ…」11年前、浪江町に取り残されたラブラドール・レトリバーが辿った生涯

東日本大震災から11年 #1

2022/03/11

genre : ニュース, 社会

 福島県浪江町に、2度も命の危険にさらされた犬がいた。ラブラドール・レトリバーのメス。名をリリーという。

 最初は捨てられ、保健所で薬殺処分される寸前に、元県庁職員の今野秀則さん(74)が引き取った。

 幸せな日々もつかの間、浪江町は原発事故で避難指示区域となり、リリーは混乱の中で取り残されてしまう。同町でも自宅のある地区は放射線量が高いと分かり、今野さんが約1カ月後に救出したものの……。

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 原発事故から4年後の冬、雪を真っ赤な血に染めて急死した。

「被曝の影響がなかったとは思えません。原発事故さえ起きなければ、もっと生きられたはず」。今野さんは今でも言葉を詰まらせる。

「寂しいな。また、犬を飼いたい」

 今野さんがリリーと出会ったのは原発事故の2年前。2009年2月末のことだ。前年の秋、それまで飼っていた犬が老衰で死んだ。

「寂しいな。また、犬を飼いたい」と思ったが、近所には生まれた子犬がいなかった。どうしようかと考えていた時にひらめいた。「保健所に犬がいる」。

 保健所では捨てられた犬を保護するが、一定の期間が経過したら薬殺する。「そうした犬をもらい受ければ、1匹であっても命が助けられるのではないかと考えました」。さっそく電話をすると、担当職員は「ぜひ、おいで下さい」と言った。

保健所から救い出したリリー。今野さんはアルバムに「新しい家族」と書き込んだ

 太平洋岸に設けられた施設には、薬殺後の遺骸を焼却する炉も併設されていた。オリには10頭ほどの犬がいて、そのうちラブラドール・レトリバーとゴールデン・レトリバーのメス2頭を引き取った。

 2頭にしたのは、近くに住む友人が「俺も欲しい」と言ったからだ。友人のためにもらったゴールデン・レトリバーは、毛がふさふさとしていて愛らしかった。

 今野さんが選んだラブラドール・レトリバーは大型犬だ。年齢は分からない。体はかなり大きくなっていたものの、まだ幼さを残していた。「小さい時はかわいい。大きくなって飼い主の手に余り、捨てられてしまったのか」。そう考えると悲しかった。今野さんは「一緒に散歩する時に力比べができる」と、むしろ大きな犬と暮らしたかった。

地域の人気者になっていったリリー

 妻が待つ家に連れて帰り、リリーと名付けた。リリーは穏やかな性格で、人懐こかった。ただし、「1を聞いて10を知るような賢さはなかった」と今野さんは言う。その分、よけいに愛らしく感じた。

 毎日の散歩は楽しかった。「行くよ」と声を掛けると、リリーは飛び上がって喜ぶ。

津島にいた頃、リリーは飛び上がって今野秀則さんにじゃれついていた

 今野さんが住んでいたのは、津島という浪江町役場から30kmほど離れた阿武隈高地の山里だ。JR山手線内側の1.5倍ほどの山地に集落が点在しており、今野さん宅はかつて津島が村だった頃の役場の近くにあった。

 散歩に出ると、リリーは目を輝かせて先導する。集落を歩くだけでは物足りず、山に入ったり、駆けっこをしたりした。誰もいない場所では引き綱から放し、ボールなどを投げて取って来させるなどもした。