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「僕が来て変わったと言ってもらいたい」 “言葉の人”館山昌平がBCリーグ福島で目指すもの

文春野球コラム ウィンターリーグ2022

2022/03/01

 いつも「立て板に水」のマシンガントークが、少しだけ滑らかさを欠いていた。声がしゃがれている。2021年12月のトークショーの折だ。理由はすぐに知れた。

 館山昌平が今季コーチとなる福島レッドホープスのチームスポンサーは約240社。館山は、その一つひとつに挨拶して回り、60社を回ったところで声が嗄れたという。

「企画・運営もやります。だからこそ独立リーグに行くんですよ」

 東北楽天を退団し、ルートインBCリーグ・福島レッドホープスに投手コーチとして入団する館山昌平。自ら「逆オファー」で飛び込む新天地で、今もうエネルギッシュに走り始めている。楽天の2年間で何を身に着けたのか、福島でやりたいことは何か、なりたい指導者とはどんな姿なのかを聞いた。

田中大貴アナと館山昌平氏 ©HISATO

独立リーグでの指導を選んだ理由とは

 福島に行くことを決めた理由の一つは、やはりヤクルト出身である岩村明憲監督の存在だった。しかし、福島からのオファーを受けて決めたわけではなく、自分からの「逆オファー」だったと強調する。

「岩村さんに『え、マジで?』って言われました」

 昨オフに楽天で任期満了し、今季は投手コーチとして契約しないことになった。楽天を出てどうするか。ヤクルトを出て楽天に行ったときのように、いったんフラットな状態から考えた。

 いくつかオファーはあった。独立リーグでの指導か、それともアマチュアで指導するのか。あるいはヤクルト球団に携われる方法を探すか。

「自分のやりたいことは何だろう、と考えたときに、9割5分くらいは独立リーグに行きたい、という思いがありました」

 自分からヤクルトを出た身で、指導者としては勉強を始めたばかりだ。ヤクルトに戻るときには、もっと勉強してふさわしい人間になっていたい。独立リーグにするならどこにするのか。岩村監督の存在は大きかったが、福島には元中日の若松駿太が投手兼任コーチとして在籍している。とはいえ、選手としての若松は昨季24試合に投げて1勝6敗。投手コーチがほかにもいれば、若松も自身のピッチングを向上させられるのではないか。より投手の指導の幅を広げることも出来るだろう。

 さらに一歩踏み込む。投手コーチとしてだけではなく、球団の「企画・運営」にも携わることにした。ヤクルト球団のフロントからも、「お前現役のときからやりたいってずっと言ってたもんなぁ。2つのことを同時にやるのは難しいと思うけど頑張れよ」と言ってもらったという。さらにはスワローズライブでの解説や番組出演など、ヤクルトの方での仕事にも便宜を図ってもらえることになった。

 独立リーグの球団はいずれも少ない人数で運営されている。岩村監督自身が球団社長を兼ねているように、企画・運営・広報などのスタッフは、多岐に渡る仕事を兼任していることも多い。多くの地域スポンサーを抱え、地域との交流を図ってはいるが、もっと色々なことが出来るはずだと館山は考える。

「NPBでは出来ないことが独立リーグなら出来るんです。たとえば雨天中止でブルーシートの上を滑れるってなったら、ファンの方はやってみたいと思うんじゃないですか? 球団がツナギとか全部用意して、ダイヤモンドを走って滑ってもらったら。あるいは、子どもたちにプロの雰囲気を味わってもらう。試合が終わったあとの球場で、選手がマウンドに上がって、ファンがそれをネット越しに打席で見るとか。NPBだったら次の試合があって、なかなかそういう事はできないけど、独立リーグだったら練習生もいるし、その選手にとってはマウンドで投げることも練習になる。ファンの方に喜んでもらって、そのときの選手を覚えて応援してもらうとか、そういうところまで繋げたいですよね」

 球場にいかに人を呼ぶか、球場で何をやるかを、もう既に色々と考えている。「僕が来て変わったと周りに言ってもらいたい」という福島レッドホープスが、どんな風に変わるのか。これから注目必至だ。