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 一説によると、メルケルの外交・安全保障問題担当補佐官であるクリストフ・ホイスゲンが、なるべく目立たないようにぬいぐるみを脇に抱えて外に持ち出したということである(コーネリウス前掲書)。

 犬のぬいぐるみをプレゼントしてきたプーチンの思惑については、その後ドイツ外交指導部が詳しく討議したという。メルケルに対するプーチンの薄気味悪い挑戦は次にはどんな形を取るのか、ドイツ外交のエリートたちは分析したはずである。

愛犬で攻める

 しかし、ドイツ指導部はプーチンの次の一手を封じることはできなかった。その1年後、メルケルは再びロシアを訪問し、黒海に面したソチでプーチンと会談した。会談は大統領の別荘で行われたが、プーチンの嫌がらせはエスカレートした。このときプーチンはぬいぐるみではなく、本物の大きな犬をメルケルに戯れさせた。

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 プーチンの愛犬である黒いラブラドル「コニー」は突然、会談場所にのそりと入ってきた。コニーは椅子に座っていたメルケルにすがりつくように、においを嗅いだり、足元にうずくまったりした。その間、メルケルの表情は硬くこわばり、ぴたりと閉じた両脚を引いて何とか犬から逃れようとしていた。メルケルの目には明らかにおびえの色が浮んでいた。

 プーチンといえば、どかりと椅子に座り、にやにやとしたサディスティックな笑みを浮かべてその光景を眺めている。前回のロシア訪問で、反政府勢力の代表とも接触したメルケルに、プーチンは犬を使って罰を与えたつもりだった。

プーチン大統領 ©️JMPA

 このことがあってからというもの、メルケルのロシア訪問に先立って、ドイツ外交当局は会談に関するプロトコル(外交儀礼)を細かく取り決めるようになった。それにしても、ドイツのような大国の指導者が外交の舞台でこれほどの侮辱を与えられる事例は珍しい。

 コールはゴルバチョフと深い信頼関係を築き、エリツィンとは一緒にサウナに入るなど、文字通り「裸の付き合い」で独露関係を強化した。シュレーダーもプーチンと手を携え、「ベルリン─モスクワ枢軸」を確立し、アメリカのイラク戦争にも激しく反対した。

 だが、メルケルは最初からプーチンの圧迫を受けた。女性であるがゆえに、プーチンのようなマッチョネスを信奉する指導者から侮辱的な仕打ちを受けやすいということかもしれない。

 ──余談ながら、汚職と女性問題という「醜聞のデパート」である元イタリア首相シルビオ・ベルルスコーニもメルケルを侮辱する点では欧州最右翼の指導者だった。

 2009年4月、独仏共催で開催されたNATO首脳会議の会場に到着した際、ベルルスコーニは携帯電話のおしゃべりを延々と続け、立って出迎えていたメルケルを何分も待たせるという非礼を働いたことがあった。

 ベルルスコーニはこれに加えて、とても活字にはできないような下品な表現でメルケルを侮辱する発言をしたこともあった。サルコジも最初はメルケルに不愉快な態度をとっていた。ユーロ危機という大火を前に2人は「独仏の愛」を演出したが、内実は互いにちっとも好意を抱いていなかったようである。