2人の緊密な関係を背景に、プーチンは2001年9月、ロシアの大統領として初めてシュレーダー政権下のドイツ連邦議会で演説した。この時は9・11米同時多発テロ事件の直後だったため、プーチンの演説もテロ事件をめぐる言及が多かったが、当時、野党指導者として演説を聞いていたメルケルは側近にささやいた。「典型的なKGBの話し方をする人ね。絶対、心を許してはいけない」(『ニューヨーカー』前掲記事)。
メルケルの脳裏で、プーチンに対する警報が鳴った。ドイツのジャーナリストが語ったところでは、「メルケルはいつもプーチンに不信の念を持っているが、ひどく嫌っているというわけではない。そうした感情はかえって自分の負担になるばかりだから」(『ニューヨーカー』前掲記事)ということだった。
自分の心をしっかり抑えておかないと、プーチンに強烈な悪感情を持ってしまい、かえって精神的に面倒なことになるから自分の心に気をつけているというふうに解釈できる。
プーチンとメルケルをめぐる「犬のぬいぐるみ事件」
メルケルは1995年8月、コール内閣で環境相を務めているころ、ベルリン郊外の自宅近くで自転車に乗っていたところを隣人の犬に襲われて膝を嚙まれ、それ以来、犬を怖がるようになった。メルケルは自転車に乗るのをやめたし、犬から遠ざかるようになった。だが、その情報はいつしかプーチンの知るところとなった。
メルケルの犬嫌いを知ったとき、プーチンの目は怪しく光ったに違いない。
2006年1月、前年の総選挙で勝ち、首相の座に就いたメルケルは就任の挨拶のため、モスクワを訪問した。クレムリンで行われた会談では、メルケルはときおりロシア語を交え、プーチンもところどころドイツ語を使って話をした。
メルケルは、対ロシア外交がシュレーダー時代とは異なることをはっきりさせるため、非政府組織への抑圧やチェチェン紛争など人権・民主分野におけるプーチン政権の問題点を取り上げた。プーチンはロシアの立場をさまざまに説明したが、メルケルは納得した素振りを見せなかった。
会談終了に際して、プーチンはメルケルにプレゼントを渡した。プーチンが用意したプレゼントは、黒と白のぶち犬のぬいぐるみだった。そのときのメルケルの反応は伝えられていないが、あたかも不気味な「犯行予告」を受け取ったかのようにぎょっとなったかもしれない。