でも石原はじつに気持ちのいい男で、衝突しても後に引きずらないんだ。あいつも「亀ちゃんはいい男だ」と、いろんな人に言ってくれていたようだしね。お互いに惚れ合っているようなところがあるんだよ。石原のファミリーがヤキモチを焼いて、葬式に俺を呼ばないぐらいの仲なんだ(笑)。
いくらコロナの感染が拡大しているとはいえ、最近まで雑誌で対談連載をしていたのだから、普通は俺を呼ぶものだろ。
そういえば、その対談が盛り上がって、当時、首相だった安倍晋三に発破をかけに行こうと、実際に首相官邸に押しかけたことがあった。
控室でずいぶん待たされて、ヒマを持てあましたから、2人で「昭和維新の歌」を熱唱したのは楽しい思い出だな。五・一五事件で犬養毅首相を射殺した海軍中尉、三上卓が作った歌だよ。
大声で歌っていたら、開いているドアの向こうで、官邸スタッフが目を丸くしているのが見えた(笑)。
「裕次郎よりうまいんだ」
歌といえば、俺は歌うのは好きだけど、音痴なんだよ。石原はうまいんだ。でも俺とは逆に積極的に歌うことはなかったな。たまに歌うのは、鶴田浩二の「赤と黒のブルース」とかムード歌謡。裕次郎の曲は歌わないんだよ。「俺は裕次郎よりうまいんだ」とか言って。
俺には専属のバンドがいるんだ。カラオケは嫌いだから、生演奏で歌うんだけど、あいつは、そのバンドをこうほめたことがある。「あんたたち大したものだね。亀ちゃんの歌に合わせるんだから」って。
俺が「この歌で女性陣が泣いたんだぜ」と自慢したら、石原がなんと答えたと思う? 「それは亀ちゃんの歌が、あんまりにも下手で可哀想だからだよ。哀れんで泣いたんだ」とか言いやがったな。
◆
「【石原慎太郎追悼】亀井静香『三途の川で待ってろよ』」は「文藝春秋」2022年4月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
三途の川で待ってろよ
【文藝春秋 目次】<絶筆>石原慎太郎「死への道程」/<芥川賞>「太陽の季節」全文掲載/驕れる中国とつきあう法/「品格なき大国」藤原正彦
2022年4月号
2022年3月10日 発売
特別価格1100円(税込)