2021年12月1日に20歳のお誕生日を迎えられた愛子さま。今年1月1日の「新年祝賀の儀」に初めての公務としてご出席なされました。
そして3月17日には、皇族が成年される際に恒例となっている記者会見に臨まれます。
記者会見は端々に個性が出る場面でもあり、これまでにも愛子さまの叔母である黒田清子さん、いとこの小室眞子さん、佳子さまなど多くの方々がご成年に際しての記者会見で個性豊かな姿を見せてきました。
23年間にわたって宮内庁に勤務し、黒田清子さんが会見を開かれた1990年にメディア対応も担当していた山下晋司さんに、女性皇族の方々の会見についてお話を聞きました。
「今では見かけない距離感ですが」
――あらためて黒田清子さんのご成年に際しての会見を見直すと、記者たちと一緒にテーブルを囲んで座られるなど、近年の皇室の方々の会見よりもずいぶんラフな印象を受けます。
山下「この時は赤坂御所(平成時代の東宮御所)の“檜の間”で記者会見されました。赤坂御所には“檜の間”と“日月の間”という2つの大広間があり、ご接見などの公務の際にはどちらかの部屋を使われることが多いのですが、記者会見は檜の間と決まっていました。昭和時代から平成の最初の頃まで、檜の間での記者会見は清子さんのときのように円卓の周りを殿下と記者が一緒に囲む形でした。上皇陛下の皇太子時代もそうですし、秋篠宮殿下の婚約内定記者会見のときもそういう形でした。たしかに今では見かけない距離感ですが、報道カメラに記者が映らないようにするなど、取材映像の関係もあると思いますよ」
――清子さんは1989年4月に成年を迎えられましたが、その年の1月に昭和天皇が崩御されていたため、祝賀行事や記者会見は翌1990年の3月に延期されています。
山下「昭和天皇が崩御されて、清子さんの祝賀行事の延期はすぐに決まったと思います。清子さんの祝賀行事に限らず、お祝い事は全て中止か延期になりました」
――会見の映像を見ると、清子さんはとても落ち着いているように見えます。
山下「記者たちへの応対も落ち着いておられますし、ご自分の正直な気持ちを表現する言葉の選択が素晴らしいですね。皇室の方々はそれぞれのお立場によって違いはありますが、公平性を重んじ、各方面に配慮もされるため、どうしても当たり障りのない優等生的なお話になりがちです。その中で清子さんは、踏み込んだ内容であっても言葉の使い方がお上手ですから柔らかく感じますね」