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 長女を送り、次女と遊び、お昼を食べ、幼稚園へお迎えに行く。帰っておやつを食べ、習い事へ行き、また帰ってきて、夕飯など諸々を済ませて、ようやく初めてPCを立ち上げて対局の中継を見た。

 すぐに細かいことは分からないが、パッと見では良さそうな局面に映った。

 正確に読もうと、少し考えていると子どもに呼ばれた。「パパが対局してるよ」と伝えると、「パパがんばれー!」とPCに向かって2人して叫んでいた。

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夫の勉強机の壁に貼ってある似顔絵 ©上田初美

ビックリマークから溢れる喜び

 子どもたちを寝かしつける時間帯に、決着がつきそうになっていた。

 あとはちゃんと着地できるかどうかという状況で、初めて少しドキドキした。相手玉の詰みを読み切っているであろうことを確認して、寝室の電気を消し、そのまま娘たちと共に眠りについた。

 ちょうどその頃、夫は詰みを頭の中で何度も確認し、気持ちを落ち着けていたらしい。

 1時間ほどで目が覚めて、中継をつけると、無事に夫が昇級していた。

 私が寝ている間に行われていた夫のインタビューでは、「奥さまは見ているでしょうか?」と聞かれていた。「中継を見ていると思います」と答えていたけど、本当は「寝てるだろうな」と思っていただろう。子どもを寝かしつけて、自分が寝ない方法は、私も夫も知らない。

 一通りインタビューを読んで、「奥さまに連絡してみてください」とか書いてなくて本当によかったと、胸をなでおろした。聞く側は想像もしないかもしれないが、その頃の奥さまは夢の中である。

 帰路についた夫から連絡が入った。

 そこには「勝ちました!」と書いてある。ビックリマークから喜びが溢れている。

「おめでとう」と返し、ちゃんと将棋を見ていた風を装おうかと、夫が帰ってくる間にいそいそと初手からの指し手を見ることにした。

どんなステージでも戦いは続いていく

 途中でアイスやお菓子など、いろいろとお土産を買って帰ってきた。お土産がいつもより気持ち豪華な気がした。

 夫はビールを開け、私は買ってきてもらったアイスを食べながら、一緒に中継を振り返った。ああだ、こうだいいながら将棋を検討するのは、私たちはいつだって楽しい。できればおじいちゃんおばあちゃんになっても、同じように楽しみたい。

 夫が何度も頭の中で詰みを確認したシーンが、「順位戦の重みを感じる」と多くの人の共感を得ていた。

 当の本人はまったくの無意識だったらしく、「俺、こんなポーズしてた??」とビックリしたように笑いながら、またビールを飲んでいた。

 コンビニに売っている缶ビールが、何よりも美味しそうに感じた瞬間に見えた気がした。

 3月が終わり、長女は幼稚園を卒園し、4月になれば小学校へ。次女は幼稚園に通い始める。

 そして私たち夫婦は、また新しい年度の戦いが始まる。棋士や女流棋士である以上、どんなステージでも戦いは続いていくのだ。

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