夫がB級2組に昇級した。

 3月は将棋界の区切りの月で、A級からC級2組までに分かれた順位戦はどのクラスも最終局を迎えた。

 昇級や降級が決まるこの時期は対局室の空気も、他の月より少し重たく感じる。以前のコラムでも少し触れたが、棋士にとって順位戦は、やはり特別なものなのだ。

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将棋指しは、なぜだかすぐに徳を積みたがる

 夫は最終局の1局前を7勝1敗で迎えた。

 この1局に勝てば、最終局を待たずに昇級を決められる。その1局次第で、1年かけて戦ってきた順位戦の行方がかわるかもしれない、プレッシャーがかかる1局だった。

 C級2組に在籍していた時に、昇級候補と名をあげられることも多かったが、なかなかそのチャンスをつかみきることができなかった。その頃は順位戦が近づいてくると、家の中の空気がピリピリしていた。空気から、緊張やプレッシャーが伝わってくるのだ。

 結果として、夫は苦しみながら、10年以上をかけてC級1組に昇級することになった。

結婚のお祝い会をしてもらった頃の2人 ©上田初美

 対局前日、我が家は実にいつも通りだった。

 長女を幼稚園に送ると、次女と遊び、家事を積極的にこなしていく。余りにも積極的に動くので「どうしたの?」と聞くと、「徳を積んでる」と返ってきた。運に左右されない将棋指しは、なぜだかすぐに徳を積みたがる。

 後からインタビューを読むと、「規則正しく、いつも通りの生活を心がけた」と書いてあった。きっと10年以上かけたあの時間で、そのスタイルが良いと、自分で意識したのだろう。

私たちは、どちらも戦う側の2人なのだ

 対局当日もいつも通りに家を出発していった。

 夫の大きな勝負を、妻は固唾を飲んで見守って応援しているかと思いきや、私たちは相手の勝敗にそこまで大きく心を割くことをしない。

 かかっているものが順位戦の昇級であっても、タイトルであっても、あまり違いがなく、勝てばおめでとう、負けたら残念だったね、くらいの感覚である。

 相手の応援をするよりも、育児をして、生活をして、自分のするべきことを優先する。話し合った訳ではないが、自然とこのスタイルは共通している。勝負の世界は、自分の結果は自分で持ってくるしかない。私たちは戦う側と応援する側に分かれている2人ではなく、どちらも戦う側の2人なのだ。