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大下さんは認知バイアスからかなり自由な人

中野 もしもう一冊本を出版されるなら「コツコツこそが成功の近道」というテーマのビジネス書ができそうですよね(笑)。ビジネス書は今、副業を持とうとか、保険をかけて生きるほうが賢いとか、リスクヘッジしましょうという論調のものがそれなりの数あるように見えます。将来に不安を抱えている人が多いからだろうと思いますが、仮にこの考え方をA方式と名付けましょう。

 一方、ビジネス書には「選択と集中」を勧めるものも多いです。好きなことだけを選びとったら、他人の意見に流されてリスクヘッジをするなど愚かな行為だから、選択してそこに集中しましょうという。この考え方をB方式とすると、AもBも間違いとはいえない。ところがAとBはトレードオフで、Aを選べばBのベネフィットを得にくいと一般的には考えられている。

 そしてたいていの人には、AであれBであれ自分の採った選択肢が正しいという認知バイアスがかかるものです。これはビジネスに限ったことではなく、例えばかなりの額を支払ってアート作品を購入したとします。すると、それだけの費用をかけて買ったのだから、この作家はいい作家に違いない、というバイアスが生まれます。

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 大下さんはそういうバイアスからかなり自由な人だと思います。なぜなら、いつも慎重に、不安な気持ちをアンテナとして上手に働かせているからです。こういう人はバイアスにかかりにくい。

©板倉アユミ

 ご自分が採ってきた「仕事一筋」という生き方以外についても、その良さをちゃんと計算し続けていくことを怠らないんですよね。ゆえに「仕事一筋が絶対に良い」ともおっしゃらないし、「コツコツこそが成功の近道」というビジネス書も、書けたとしてもきっとお書きにならないでしょう……。

「仕事一筋ではないほうが正しかったのかもしれない」と常に考えることができるその柔軟さ。負荷を自分の脳にかけ続けて、それでも淡々と自然体でいられるのは、大下さんが普通はあり得ないような驚くべき知性の体力を持っているということになるかと思います。

 大下さんは謙遜されて、やり方を変えたほうがいいのかもしれないとしばしば口にされますが、むしろ、いつもいつも「あちらのほうがよかったかもしれない」と常に考え続ける大下さんであることが、重要なのではないでしょうか。もちろん、両極を同時に思考し続けるのはやさしいことではなく、かなりしんどいとは思うのですが……。

text: Atsuko Komine