結成23年目を迎えたバンド「いきものがかり」での物語性が感じられる歌詞表現や、3冊の著書を持つエッセイストとしての筆力を知る人ならば、「水野良樹が小説を書いた」と聞いてもさほど驚かないかもしれない。だが、こういう色合いの作品を書くと思った人はまずいなかったのではないか。
「清志まれ」というペンネームで発表された初小説『幸せのままで、死んでくれ』(文藝春秋)は、国民的キャスターとして成功を収めた桜木雄平の、知られざる──読者だけが知ることになる──内面を如実に描き出す。作家はなぜ、この人物の「死に様」を書いたのか?(全2回の2回目。前編を読む)
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──恋人や親友や尊敬する先輩との別離や再会などもありつつ、桜木がスターダムにのし上がっていくプロセスには、物語的な快感が宿ります。ですが要所要所で「そのうちわかる。一度動き出した人生なんて自分ではどうにもならないことを」といった不吉なシグナルが発されている。周囲の期待から来る「自分」を演じさせられている彼の感覚は、誰しも感じたことがあるのではと思います。
桜木自身、おそらく成長していく過程にウソがなかったから苦しいんだと思うんです。できあがった自分の像がウソだと感じられるものだったり、否定できるものであれば、ここまで苦しまなかったのかもしれない。
──序盤で印象的に登場する「善意」の一語が、この作品を象徴している気がします。桜木が追い込まれていく理由は、「悪意」ではないんですよね。
「悪意」を主軸にはしたくないなとは思っていました。基本的に僕自身が、人間はみんないい人だと思っているんです(笑)。だから、このお話の中に分かりやすい悪い人は出てきません。でも、それぞれの思いがうまくかみ合っていない。同僚の長瀬かなえ、妻の雅子、親友の三島、後輩アナウンサーの河内など、桜木の周りにいる人たちはそれぞれのやり方で彼を愛しているつもりなんだけれども、その「彼」は、本当の桜木雄平ではない。