その事件が起きたのは、奇しくも6月28日。組対2課の刑事たちでさえ「思い出したくない」と語る凄惨な東久留米市ラーメン店殺人事件の日から、ちょうど1年後の2009年。現場となったのは渋谷区恵比寿の駅前にある居酒屋だった。

「被害者の奥さんが身重だったんだ。いつまでも夫が殺された現場に、ただじっと立ち続けていてね。あの時の光景は悲しすぎた」

 捜査を担当した元刑事Aは、そう言うとしばらく目をつぶった。被害者の男性は、客として行った居酒屋で中国人のアルバイト店員と口論になり、包丁で左胸を刺された。ほぼ即死だったという。

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※写真はイメージです ©️iStock.com

被害者は30代の会社員

 2022年4月に組織が再編される警視庁・組織犯罪対策部、通称「組対」。新たに「国際犯罪対策課」として1課と統合される2課は、外国人犯罪の中でも凶悪事件や殺人事件を扱ってきた。

 数々の殺人現場を見てきた組対2課の刑事たちにとっても、現場に立ちつくす妻の姿はあまりに辛いものだったのだ。

 加害者はビザがない不法残留の中国人だが、この居酒屋でアルバイト店員をしていた。当時、不法滞在したまま不法就労する者は多かった。被害者は30代の会社員。

 元刑事Aが「被害者にとっても、加害者にとっても不運な事件だった」と振りかえる事件が起こった経緯はこうだ。

 事件当日の明け方3時ごろ、朝5時まで開いていたこの店に、被害者を含む日本人5~6人のグループが来店した。それまでに他の店でも飲んでいたというから、皆、相当酔っていたのだろう。そのうちの1人がトイレで酔いつぶれてしまう。それを介抱したのが、店の仕事が終わった中国人のアルバイト店員だった。

「そこで『おまえ、なかなか気が利くな。一緒に飲もう』ということになった。店に客が少なかったこともあって、彼らは一緒に飲み始めたんだ」

 元刑事Aは「飲まなきゃよかったんだがな……」と首を振った。

一緒に飲んでいるうちにだんだん不快になり…

「中には酒癖の悪い者もいたのだろう。中国人アルバイトはここに座れと言われたり、頭を何度か小突かれたり、肩をガシッと押さえられたりしたらしい」

 会社の先輩、後輩や仲間内なら、それも“酒の席のこと”で済んだのだろうが、相手は初対面の中国人だ。一緒に飲んでいるうちにだんだん不快になり、とうとう日本人たちと口論になった。

「しかし多勢に無勢だ。中国人アルバイトは厨房に逃げた。被害者が追いかけてきた。やつは被害者を威圧しようと、厨房にあった包丁を掴んだ。その時やつは、包丁を持てばやめてくれるんじゃないかと思ったというんだがね」

 そう話す元刑事Aの声は、疑問を含んでいた。