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外に出た被害者がなぜか店に戻ってきた

 すんでのところで他の従業員が止めに入った。中国人アルバイトは制止され、その場はいったんそれで収まったという。日本人グループは店の外に出ていった。だが、それで終わりではなかった。

 すぐに被害者が店に戻ってきたのだ。

「なぜ戻ってきたのか、理由はよくわからない。忘れ物をしたのか、もう一度、文句を言おうとしたのか。だが、被害者の姿を見たアルバイト店員は、自分がやられると誤解した。次の瞬間、厨房にあった長い包丁をつかみ、被害者の胸を狙って一突きしたんだ」

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 “ここだよ”と、元刑事Aは胸の真ん中を指差した。

 被害者は心臓の大動脈をすっぱりと切られ、ほぼ即死状態だったという。

 加害者となったアルバイト店員は、犯行に使った包丁を持ったまま、裏口から逃げ、恵比寿の駅前からタクシーで逃走した。

「現場にきた奥さんは顔色も表情も失って、夫が殺された現場に、ただじっと立ち続けていた。まだ現場の捜査中だったが、1人の捜査官が近くから椅子を運んできて、奥さんに座るよう促してね。気のすむまで現場にいられるようにと思ったのだろう」

 叫ぶでも嘆くでもなく、その1か所をじっと見つめ立っているだけの身重の妻の姿は、可哀想とか不憫だとか、そんな言葉では言い表せないほどだったと元刑事Aは語る。

現場となったのは恵比寿の駅前にある居酒屋だった ©iStock.com

脅しで済まさず、必殺の手段をとった加害者

 元刑事Aは、加害者が瞬間的に必殺の手段を取ったのだという。

「やつは咄嗟に、相手を確実に殺せる刃物を選び、確実に死ぬ場所めがけて、包丁を突き刺した。こうした場合、日本人なら、一番近くの刃物を手にして振り回し、相手の顔や手を切りつけるぐらいだ。相手は酔っているのだから、それで十分威嚇できる。しかし、やつは違った。殺傷能力のもっとも高い包丁を、その場で瞬時に選んで手にしたんだ」

 加害者の名前や住所は簡単にわかった。蒲田に住むX(当時31歳)。彼のビザは5年も前に切れており、不法残留者のままアルバイトをしていたのだ。

 この当時、どれくらいの不法残留、不法滞在が日本にいたのか。入国管理局が発表した2012年度の統計では、不法残留者数は約6万7000人、うち中国人は8000人弱。3万人近くの外国人が強制送還されていた中で、中国人の割合は30%弱。上海港における日本からの強制送還者数は前年比64%増で、2012年までの過去10年の合計が1000人を超えていた。