日本の行政機関は“小児科”呼ばわり
当時、中国人犯罪者の間では、日本の司法や警察も含めた行政機関が“小児科”と揶揄されていたらしい。扱いが優しく、歯が痛いと言えば歯医者に連れて行き、風邪を引いたと言えばタダで薬を出してくれる。病気になったら数人がかりで病院に護送し、税金で病気を治してくれるためだ。
Xは出頭してきたものの、逮捕時から「知らない、やってない」と犯行を否定。客や従業員による目撃情報から犯人と断定され再逮捕されても、彼はなおも「殺す気はなかった」と否認し続けた。
「被疑者は『私は包丁を持っていただけで、相手が突っ込んできただけだ』と言って、自供しなかった。公判でも無罪を主張した」(元刑事A)
こういう事件の場合、捜査は難しくないのだと元刑事Aはいう。
「包丁を相手に向けているだけなら、刺さることはない。相手が飛び込んできたとしても、自分が力をいれていないと刺さらない。たとえ刺さったとしても、致命傷を負うほどの傷にはならない。だから証言は覆せる」
裁判員裁判となった最初のケースに
だが、担当した捜査員たちにとってこの事件は、違う意味で難しい事件になる。組対が扱った殺人事件の中で、裁判員裁判となった最初のケースだったからである。2009年5月から開始された裁判員制度が適用されたのだ。
元刑事たちは、事件について一般市民にわかりやすく説明するため、平易な言葉を使い、被告が自首した時の様子などは交番のビデオを公開して説明するなど、様々な努力をした。また飲酒上のトラブルであったことから、被告に正常な判断能力があったのか、殺意はなかったのかなどを検証するため、公判では厨房にあったすべての包丁を全部並べて、裁判員に見せた。
公判で証言に立った捜査員は「被告は正常でした。いくつもある包丁の中から一番、殺傷能力が高く長い包丁を選んだのです」と、裁判員に訴えたという。捜査は捕まえて終わりではないのだ。
裁判員の中には、被害者の妻と同じく妊娠中の女性もいた。その女性は、判決後の会見で「審理を通じ、親を失ってしまった子の人生を考えました」と語ったという。
東京地裁による判決は、懲役15年の有罪判決だった。