「いいか。ビビったら、即二軍だぞ」
2月11日の紅白戦。それは背番号3が左打席に入った時だった。
「やはり(高橋)周平さんは凄かったです。甘い所に投げたら、一発を食らうと感じました。だから、外に強くと」
ボールは唸りを上げた。初球は見逃しストライク。2球目はファウル。3球目はバットが空を切った。若き右腕が自信を付けた瞬間だ。ただ、慎重な私はまだ一軍で一度も投げていないことへの不安を聞いた。高橋宏は断言した。
「一軍で投げていない感覚はないです」
キャンプを完走し、3月も一軍に帯同。確かに初体験の連続だが、高橋宏は時に質問し、時に盗み、分からないことを徹底的に潰している。なぜか。最前線で戦うからだ。動揺や気後れなんて全くない。すでに一軍メンバーであるという自覚を持っている。あどけない笑顔が印象的だが、この男、相当強気で貪欲だ。
「二軍は先発投手も試合前は全体練習に参加するのですが、一軍は完全にフリーです。ナイターも未経験なので、調整方法は先輩から聞きました。まず、球場に入って1人でジョギングをして汗を出して、休憩。軽く食事して、またリラックス。これは柳(裕也)さんのスタイルです。次にメディシンボールを使って腹圧を上げて、体幹を締めてからキャッチボール。これは小笠原(慎之介)さんのやり方を取り入れています」
試合前にブルペンで投げる球数は田島慎二と岡田俊哉の会話をこっそり聞いていた。
「まずはランナーなし想定で右バッターの外にストレートを3球、内に3球、真ん中にカーブを2球、外のカットを2球、スプリットを2球。次にクイックでそれぞれ2球ずつ。最後に最大出力でストレートを2球。だいたい25球以内で終わります。少な目ですが、これがベストパフォーマンスを出せる球数です」
柳からは言葉をもらった。
「一軍では甘い所に投げちゃいけないと思うかもしれないけど、お前の持ち味は真っすぐだ。投げ切れ。置きに行くなよ。いいか。ビビったら、即二軍だぞ」
プロ初登板への意気込みを聞いた。
高橋宏は「勝ちたいです」と即答した。やはりプロ初勝利は特別なのだろう。「いや、僕の初勝利とかはどうでもいいです」。私は耳を疑った。右腕は力強く続けた。
「大野(雄大)さんの勝ちも、柳さんの勝ちも、僕の勝ちもみんな1勝です。プロ初勝利が3勝にカウントされるんなら、そう答えますけど、個人のことなんてどうでもいいです。しっかり勝って、次の試合もチームが乗っていけるようなピッチングをしたい。去年のシーズン終盤の消化試合が初登板だったら、もっと別の感情が湧いていたかもしれませんが、ペナントレースを左右する開幕ダッシュがかかっています。とにかく勝ちたい」
去年はヤクルトの奥川恭伸、オリックスの宮城大弥、ロッテの佐々木朗希などが活躍した。
「刺激になっています。高卒2年目でもプロの世界でやれるということを先輩たちが示しました。調子の維持が難しいでしょうし、まだ1年間投げ続けた経験はありませんが、今やっていることを継続すれば、結果は付いてくると思っています」
背番号19は明らかに変わった。フォームもボールも調整方法も考え方も。全て一軍仕様に変わっている。最後にはっきり言おう。
今年、高橋宏斗は戦力だ。
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