「文藝春秋」2022年4月号より、料理家の栗原はるみさんによる「夫が愛したポテトサラダ」を一部転載します。
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おいしい料理を再現するには
〈はるみ様 心底からの感謝と尊敬、そして愛を申します。〉
〈君は常に努力の人です。いつも前を向き、決して手を抜かない。〉
2019年8月に亡くなった夫・玲児が手帳に書き記していた言葉です。その前年に肺にがんが見つかり、亡くなる6カ月前に余命宣告を受けていたのですが、それが私への最後のメッセージになりました。手帳にはほかにもメッセージが、しっかりした筆致で遺されていました。その一つひとつが今、私が前を向いて生きる原動力になっています。
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料理本だけでなく使い勝手のいい食器や台所用品などのプロデュースも手掛け、主婦を中心とした「ハルミスト」たちの絶大な支持を得ている料理家の栗原はるみさん。夫の玲児さんは延命治療を受けずに、はるみさんが自宅で看病し、看取った。その後しばらく傷心の日々を送っていたが、残りの人生を悔いのないものにするために一歩踏み出すことに――。
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3月5日で75歳になる私は、その前日に新しいパーソナルマガジン「栗原はるみ」を創刊します。版元の講談社の役員の方が驚いて、「75歳で雑誌を始めるって、なかなかないですよ」とおっしゃいました。確かに、新しく何かを始めるということも、定期的に雑誌を編むということも、私にとって思ってもみなかった“挑戦”になります。
パーソナルマガジンとしては、「暮らしのレシピ」、その後継誌の「すてきレシピ」「haru_mi」(いずれも扶桑社)を4半世紀にわたって発行し続け、昨秋の通算100号をもって終了しています。この最終号は20万部を発売してすぐに完売し、追って重版もされました。
私の料理は家庭料理です。どなたでも作ることができて、日々の食卓で楽しく食べてもらうために、毎号100を超えるレシピを考案、掲載してきました。
おいしい料理を再現するには、材料や調味料の分量、調理時間など、レシピの“数字”をきっちり正確に出さなければなりません。でも、このレシピを見ながら作る人はどのような状況で作るのか。例えば材料にトマトを使う場合、採りたてのトマトを使う人もいれば、冷蔵庫に何日か保存されていたものを使う人もいます。そのどちらのトマトでもおいしくできる数字を割り出すまで、私はあきらめずに何度でも試作を繰り返します。