「僕の帰りを待っているだけの女性にならないで」
長年、土日も休まず仕事を続けてきた私ではありますが、およそ職業をもって活躍する自立した女性像とは程遠い、むしろ夫に依存して生きてきた人間であると思います。若い頃には言い合いをしたこともありましたが、夫が嫌がることはしないと固く心に決めていました。夫にだけは嫌われたくない、私が妻でよかったと思ってもらいたかったのです。
専業主婦だった私が料理家の道に進んだのも、40年ほど前に「僕の帰りを待っているだけの女性にならないで」と、夫から自分の道を探すように背中を押されたからです。そうやって料理家になってからも、考案した厖大な数の料理のレシピは、それを世に出すかどうか、彼の反応を見て決めたといっても過言ではありません。
というのも、夫は非常に厳しい批評家だったからです。「厳しいことは僕にしか言えないだろう」が口癖で、「ちょっと違うんじゃない?」「こんなことをやっていたら駄目だ」「おいしくない」と言われるのは日常茶飯事でした。
白飯がまずいと言われて
あるとき、「うちのご飯はまずい」と言い出したこともあります。いろいろお米を替えて、水を替えて、炊き方を変えて1カ月以上、毎日悩み、考え続けました。料理家なら、そのぐらい真剣にやらなければ駄目だということを教えてくれていたのだと思います。
ポテトサラダ事件もありました。ポテトサラダは夫の大好物ですから、よく作って食卓に出していて、そのレシピも何十種類もあったのですが、夫は時々ある有名ホテルのポテトサラダを買ってくるのです。たまたま近くまで行ったので買ってきたのだろうと思っていたのですが、あるときハッと気づきました。そうか、夫は私のどのレシピで作ったものより、このホテルのポテトサラダが好きなんだと。それからは、このホテルのポテトサラダの味を再現するのに必死になりました。
おいしいときには「ベリーグッド!」と言ってくれます。彼の口からこのひと言が出れば、そのレシピは世に出しても大丈夫。でも「ベリーグッド!」はなかなかもらえません。ならば言わせてみせようではないかと、こちらも負けん気が発動します。こうして私の料理の腕は鍛えられたのです。
ちなみに、ポテトサラダは夫の好きな味を再現することができるようになりました。ポテトはメイクイーン、タマネギはスライスして水にさらす、ニンジンは茹でる、ロースハムは1センチ角、姫キュウリのピクルスは自家製、マヨネーズも手作り。なかなかの手間ですが、以後、わが家で作るポテトサラダはこれ1種類になりました。