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仏壇を正視できない

 彼が手帳に遺していた〈君は決して手を抜かない〉というメッセージを見つけたとき、私は初めて私の料理家としての姿勢に「ベリーグッド!」をもらったような気がしました。最後の最後には、私を認めてあげようと思ってくれていたのでしょう。自分がいなくなっても、遺された妻はこのメッセージを支えに元気で生きていける。そう考えたに違いありません。

 

 そのとおりではあるのです。私は生きる力をもらいました。でも人間の心も身体も、そんなに単純ではありません。元気にやっていこうと思ったのに、また寂しさや悲しみに囚われて身動きできなくなってしまう。その繰り返しで、実は今でも仏壇の夫の写真を正視できずにいます。

 そんな私を息子の心平が心配して、「何でもやりたいことを100個考えて。そうしたら全部実現するのに付き合ってあげる」と言い出しました。息子の嫁は早速、「人生でしたい100のことを書くノート」なるものを買ってきてくれました。

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 試しに書いてみると、次々に「人生でしたいこと」が思い浮かびます。ひとつ目は「韓国語を学ぶ」。そして「パソコンを学ぶ」「iPhoneを学ぶ」「きちんと睡眠がとれるすべてのことを見つける」「自分のベスト100曲を選ぶ」「佐野元春さんに会う」……。

佐野元春さんに会う

 シンガーソングライターの佐野元春さんには「haru_mi」最終号にゲストとしてお招きできたことで、「会う」という願いは実現しました。佐野さんは1980年にデビューされていますが、私が初めてその存在を知ったのはそれから40年後のこと。夫を亡くして1年が過ぎたのに、まだ寂しさに落ち込んでいたとき、NHKの「SONGS」に出演されているのをたまたま目にしたのです。

〈今までの君はまちがいじゃない〉
〈これからの君はまちがいじゃない〉
「約束の橋」作詞・作曲:佐野元春

 佐野さんの「約束の橋」の歌詞、歌声、演奏、インタビューに応える言葉にたちまち引き込まれました。なにか、私の人生が変わるような予感さえしました。

料理家の栗原はるみさんによる「夫が愛したポテトサラダ」の全文は、「文藝春秋」2022年4月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています。

文藝春秋

この記事の全文は「文藝春秋 電子版」で購読できます
夫が愛したポテトサラダ