仏壇を正視できない
彼が手帳に遺していた〈君は決して手を抜かない〉というメッセージを見つけたとき、私は初めて私の料理家としての姿勢に「ベリーグッド!」をもらったような気がしました。最後の最後には、私を認めてあげようと思ってくれていたのでしょう。自分がいなくなっても、遺された妻はこのメッセージを支えに元気で生きていける。そう考えたに違いありません。
そのとおりではあるのです。私は生きる力をもらいました。でも人間の心も身体も、そんなに単純ではありません。元気にやっていこうと思ったのに、また寂しさや悲しみに囚われて身動きできなくなってしまう。その繰り返しで、実は今でも仏壇の夫の写真を正視できずにいます。
そんな私を息子の心平が心配して、「何でもやりたいことを100個考えて。そうしたら全部実現するのに付き合ってあげる」と言い出しました。息子の嫁は早速、「人生でしたい100のことを書くノート」なるものを買ってきてくれました。
試しに書いてみると、次々に「人生でしたいこと」が思い浮かびます。ひとつ目は「韓国語を学ぶ」。そして「パソコンを学ぶ」「iPhoneを学ぶ」「きちんと睡眠がとれるすべてのことを見つける」「自分のベスト100曲を選ぶ」「佐野元春さんに会う」……。
佐野元春さんに会う
シンガーソングライターの佐野元春さんには「haru_mi」最終号にゲストとしてお招きできたことで、「会う」という願いは実現しました。佐野さんは1980年にデビューされていますが、私が初めてその存在を知ったのはそれから40年後のこと。夫を亡くして1年が過ぎたのに、まだ寂しさに落ち込んでいたとき、NHKの「SONGS」に出演されているのをたまたま目にしたのです。
◇
〈今までの君はまちがいじゃない〉
〈これからの君はまちがいじゃない〉
「約束の橋」作詞・作曲:佐野元春
◇
佐野さんの「約束の橋」の歌詞、歌声、演奏、インタビューに応える言葉にたちまち引き込まれました。なにか、私の人生が変わるような予感さえしました。
◆
料理家の栗原はるみさんによる「夫が愛したポテトサラダ」の全文は、「文藝春秋」2022年4月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
夫が愛したポテトサラダ
【文藝春秋 目次】<絶筆>石原慎太郎「死への道程」/<芥川賞>「太陽の季節」全文掲載/驕れる中国とつきあう法/「品格なき大国」藤原正彦
2022年4月号
2022年3月10日 発売
特別価格1100円(税込)