ミドルエイジクライシス。「中年の危機」ともいうらしい。人生の中盤を迎え、積み重ねた経験と、恐らくは長くも短くもない残り時間の狭間に思い悩むタイミングを指すようだ。そういえば僕もそんな年代に差し掛かっている。幸いにも仕事はまあまあ順調だが、ふとした時に人生を振り返ると頭に浮かぶ場面、夏休み、文化祭、同級生……。ミドルエイジの皆さんに、そんな青春を思い起こさせるだけでなく、この先の人生を照らす灯台ともなるような大人向けの小説をご紹介しよう。
今回紹介するのは伊与原新・作『オオルリ流星群』。まさにミドルエイジクライシスを迎えた中年男女の群像劇だ。ややスローな展開で始まる物語は、南丹沢の山麓を舞台として、高校卒業後約30年の年月を経て仲間たちが再び回合するところから動き出す。
群像劇の中心人物は研究者の道を諦めた天文学者の「スイ子」こと彗子(けいこ)。高校卒業以来ずっと音信不通だったスイ子だが、突然地元に現れたのだ。一方地元には、中学校の理科教師の千佳、祖父の代から続く小さな薬局の経営に苦しむ久志、番組制作会社を突然辞め、司法試験を目指すことにした修、産業用機械メーカーを退職後引きこもったままの和也。そして、高校時代、仲間の中心にいた恵介。ただ、恵介は高校最後の文化祭に企画した巨大タペストリー制作の途中、理由も告げずに仲間から抜けてしまっていたのだ。
そんな過去を抱える仲間たちは、スイ子に再会し、徐々に彼女の目指す手作りの天文台建設計画に参加し始める。別に天文学に強い興味がある訳ではない。恐らくはそれぞれのミドルエイジクライシスの中での「もがき」なのだろう。一方、スイ子も研究者としては挫折したが、一点突破で大型プロジェクトの鼻を明かすアイディアを温めていたのだ。
実は僕も研究者で、スイ子の境遇も肌感覚で分かる。だから、小さいながらも練ったアイディアで一発逆転の研究を狙えたら……。この物語のそんな側面にも強く惹きつけられた。このあたりは、短くない期間を職業研究者として過ごした著者ならではの視点だろう(伊与原氏は大学院時代の先輩なのだ)。また、この小説は、人物だけでなく、風景の描写も素晴らしい。丹沢の山々の季節の移ろいを色鮮やかに描き出していて、山々から相模湾を見下ろし、夜には眼前に広がる夜景と星空が目に浮かぶ。
さて、物語は天文台が完成に近づくにつれ、大きく動き出す。このあたりから僕も深く引きこまれ、気づいたら一晩で読んでしまった。胸の奥底に久しぶりに熱いなにかが灯ったような、そんな読了感を持った。
不安定な世の中で、忙しく日々を過ごされている方、新たな生きがいを探す方、多くの皆さんにお勧めする一冊だ。
いよはらしん/1972年、大阪府生まれ。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。『お台場アイランドベイビー』で横溝正史ミステリ大賞を受賞しデビュー。『月まで三キロ』で新田次郎文学賞受賞。『八月の銀の雪』が直木賞、山本周五郎賞候補に。
すがぬまゆうすけ/1977年生まれ。国立極地研究所准教授。専門は地質学、古地磁気学。著書に『地磁気逆転と「チバニアン」』がある。