たとえばIT企業に勤める曾科もそうだった。
98年に留学生として来日。就職してからはしばらくの間、民間のマンションで暮らしていたが、中国人仲間から評判を聞いて芝園団地に転居した。
「礼金や更新料が必要ないところが魅力です。民間マンションのように外国人だからと入居審査でハネられることもない。そのうえ芝園団地は最寄りの蕨駅から東京駅まで30分ほど。敷地内には大きな公園もあるし、環境は整っています。何よりも同胞が多いので心強い。私の妻も転居してすぐに中国人の“ママ友”ができたので、とても喜んでいます」
中国人ばかりになってしまうと、なんとなく肩身が狭い
前述したように中国雑貨店もあれば、同胞が営む料理店もある。さらにいえば、隣駅の西川口周辺には、埼玉県で唯一といってもよいチャイナタウンが広がる。芝園団地をはじめ、増え続ける中国人住民に合わせて形成されたものだ。確かに「心強い」環境であろう。
一方、一部の日本人住民が中国人住民を快く思っていないことも事実だった。
「騒々しい」「階段やエレベーターで大小便をする者がいる」――。主に年配の住民たちから、このような声が漏れていた。
私が芝園団地の取材を始めたばかりのころ、住民の70代男性は「これ以上、メディアで取り上げないでほしい」と訴えた。
「中国人が増えていることが記事になると、ますます中国人が増えてしまうような気がするんです。正直、それが怖い」
なぜ怖いのかと聞き返すと、男性は「う~ん」と考え込み、そしてこう続けた。
「実際に怖い目にあったわけではありません。ただ、中国人ばかりになってしまうと、なんとなく肩身が狭い思いをする。ここは日本なんですし……」
外国人との交流に慣れていない高齢者としては無理もない反応だろうなあと思いつつ、しかし、「怖さ」を扇動するメディアの影響も感じられた。
誤解に基づいた中国人に対する偏見
そのころ、団地自治会はURに対して「これ以上、中国人の入居者を増やさないでほしい」とも要望している。
摩擦は間違いなく存在した。
だが、日本人住民のなかでも「メディアや右翼が騒ぐほどの問題はない」といい切る人も少なくなかった。
別の70代住民は次のように話した。
「この団地には広い中庭があるので、昔から近隣の悪ガキたちのたまり場になっているんです。そうした者たちのイタズラを、中国人の仕業だと喧伝する住民がいるんです。少し前のことですが、夏祭りの前夜に、盆踊りの舞台に飾られた提灯が壊されるという事件が起きました。目撃者もいたことで、“犯人”は団地の外に住む日本人の中学生グループだということはわかったのですが、それでも、中国人がやったに違いないというウワサが、あっという間に広がりました」