日本語の発音がおかしいと馬鹿にされ、学校の規律になじめないからと先生にも叱られた。結局、不登校となるブラジル人の子どもも少なくなかった。
「ウチの子は悪くない」「ケガさせられた」
藤田の次男が中学校1年生のときだ。同じクラスのブラジル人が日本人の同級生に殴られた。次男はそれを目にして、同級生に抗議した。すると、次男の剣幕に気圧された同級生は、その場から走って逃げようとし、転んでしまった。同級生の膝小僧から血が出ていた。
これが大問題となった。
藤田は次男と一緒に学校に呼び出された。
「同級生をケガさせた」
先生は次男を非難した。なぜ乱暴なことをするのかと詰問した。
次男は「暴力などふるっていない」と反論し、「そもそも友人を殴ったうえに、ぼくから逃げようとして転んだだけだ」と訴えたが、先生は聞く耳を持たない。
「現実にケガをしているのは、あの子だ」といって、やはり親と一緒に呼び出された同級生を指さした。
膝小僧をケガした同級生の母親も怒りの表情を浮かべていた。「ウチの子は悪くない」「ケガさせられた」と何度も主張するばかりで、友人を殴った事実を認めようとはしなかった。
次男が暴力をふるうはずがない。藤田はそう信じていた。そもそもブラジル人が教室でイジメの対象となっていることは、これまで何度も次男から聞かされてきた。
「ブラジルに帰れ」。同級生から何度もそういわれてきたことも知っている。学校の中で「ブラジル人」とは、人種や国籍を表す言葉ではなく、中傷、嘲笑の記号だった。「ブラジル」という言葉を誰かが口にするだけで、座が盛り上がる。
今回の事件も次男から詳細な報告を受けている。次男のいうことに間違いはない。そう信じていた。
次男が生き延びる道
だが――藤田はケガをしたと訴える相手の親と先生に深々と頭を下げた。
「ごめんなさい」
横に座る次男が驚いた顔で藤田を見つめる。「ぼくのせいじゃない」といいかけた次男の口を押さえ、もう一度深々と頭を下げた。
「そうするしかないと思ったんです。最初から悪いのはブラジル人だと決まっているんです。その流れに逆らえば、息子はさらに悪い状況に追いやられてしまう。口論したところで何ひとつ良いことなどないんだ。私はそう思いました」
何度も頭を下げた。謝罪の言葉を繰り返した。ここは日本だ。日本人の国だ。自分にそういい聞かせた。
相手の親も先生も満足げな表情を浮かべていた。これで良いのだ。日本で生きるというのは、こういうことなんだ。藤田は頭を下げることで、次男が生き延びる道を選択したのだった。
それから、次男との間にしばらく距離ができてしまった。