見知らぬ屈強な男たちが突然やってきて、ワゴン車に無理やり乗せられる……。SF映画の話ではなく、今の日本で実際に起こっていることだ。
シングルマザーの桜井さん(仮名)は、ある日いきなり幼い息子と引き離され、精神科病院へと強制的に移送された。
しかしその移送は、精神保健福祉法が定める公的移送制度の要件を満たさず、権限のない市の判断により強行されたものだった。その上、桜井さんが移送された精神科病院は、公的移送の受け入れ先ですらなかった。
ここでは、「東洋経済オンライン」が日本の精神医療の闇に迫った『ルポ・収容所列島』より一部を抜粋。桜井さんが直面した当時の状況を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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自治体までも民間移送業者を活用
「市の職員から、『車で話をしよう』『話すだけだから』と言われたから了承しただけで、まさか子どもと引き離されて、精神科病院に連れていかれるなどとは夢にも思いませんでした」
茨城県に住む30代女性の桜井春香さん(仮名)は、20代のころに経験した自治体職員からの仕打ちに、いまも信じられない思いだと話す。
桜井さんは2016年に未婚のまま長男を出産し、シングルマザーとなった。出産直後に児童相談所は長男を職権によって一時保護した。これは市からの要請によるものだった。
市は桜井さんが妊娠後期にも仕事を続けていたことや、ベビーバスが用意されていなかったこと、部屋が6畳で狭いことなどから、彼女に育児能力がないと判断したようだった。
当然、桜井さんは市からのこうした一時保護要請に納得ができず、市役所内や彼女の自宅で何度か押し問答が生じたことはあった。長いやり取りの末、彼女のもとに長男が戻ってきたのは、翌2017年正月三が日明けのことだった。
だが、ようやく訪れた親子の平穏な日々は1カ月も続かなかった。