昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

痛い失敗から学べるか…今こそ考えたい“正捕手・森友哉”の価値

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/04/24

 皆さま、お久しぶりでございます! 米野智人です。

 昨年からライオンズの本拠地ベルーナドームのライトスタンド後方に開いたピンクのお店「BACKYARD BUTCHERS」もお陰様で2年目を迎えることができました。

 ライオンズには2010~2015年に選手としてお世話になり、引退して5年以上経ちましたが、またこのように違ったかたちでプロ野球に携われることに感謝しています。ありがとうございます。今シーズンもよろしくお願いします。

 引退してから一昨年までは、球場に観戦に行くのも年に1、2回。テレビで野球中継を見ることもほとんどなくなり、たまにスポーツニュースで目にする程度。すっかり野球から距離が遠くなってしまった。

 しかし、昨年から球場でお店を始めることになり、ライオンズの勝敗はもちろん、チーム状況や有望な若手の選手、他球団のことも気になるようになった。

 2021年はライオンズにとって屈辱的なシーズンとなり、ライトスタンド後方からスコアボードを見ては、溜息の出る試合が正直多かった。

 そして迎えた2022年。監督、コーチ、選手はもちろん、ライオンズファンも今年こそは!という思いでスタートした。

 その矢先に4月2日、耳を疑うようなニュースが飛び込んできた。

 チームの主力の中の主力、森友哉が負傷で全治2ヶ月……。

「おい、おい、おい、ちょっと待てぃ」(千鳥ノブ)

 それは痛すぎるぞ。いろんな意味で。

 その時の詳しい状況はわからないが、温厚な辻発彦監督の「チームとして許されることではない」というコメントを見ても、それだけチームにとっても、もちろんライオンズファンにとっても痛かったことが伝わってくる。

 捕手を経験した立場から言わせてもらうと、あの日の試合の状況は確かにフラストレーションの溜まる展開だった。僕には彼の気持ちが痛いほどわかる。

 僕も彼と同じく、高校卒業後に捕手としてプロの世界に飛び込んだ。高校時代とは全く違うレベル、環境で野球をする。ましてや捕手という大変なポジションだ。

 常に勝利を求められるプロ野球で捕手をやるのは想像以上に過酷である。体力的、精神的にもタフでなければ務まらない。

 実際に僕はストレスで睡眠不足や体の不調や怪我を繰り返し、鬱に近い状態になったことがある。

森友哉 ©文藝春秋

天才的な打撃技術、捕手として大事な要素

 2013年の甲子園大会で躍動する彼の姿を見て、衝撃を受けたことをはっきりと覚えている。

 どんな球でも打ち返してやるという目つき。バッターボックスで重心を低くしてどっしりとした構えから、豪快なスイングで広角に鋭い打球を放つ天才的なバットコントロール。決して大きくはない体を最大限に使ったスイングで長打も量産!

 すでに完成していた。これはプロでもすぐに通用すると思った。

 ただし最初は、長打はそんなに打てないだろうと思っていた。金属バットから木製バットに変わるし、投手も高校時代とはレベルが違う。そんなにプロは甘くない!

 2014年、彼は僕が在籍していた埼玉西武ライオンズにドラフト1位で入団してきた。甲子園を沸かせた超高校級の選手を早くこの目で見てみたい。

 この年、僕はプロ15年目だった。初めてバッティング練習を見た時に、並のルーキーではないと一振りでわかった。とんでもないバッターになるのは間違いない。今まで見てきた高卒の選手の中でも、一番バッティングの技術が高かった!

 2軍の試合ではヒットを量産し、そして7月に1軍初昇格。プロ初打席で初安打。さらに高卒新人では46年ぶりとなる史上3人目となる3試合連続ホームランも放つ。

「おい、ちょっと待てぃ」(笑)。

 思わずそう言いたくなるほど、僕の想像を遥かに超えていく新人だった。

 2年目の2015年にはファン投票で両リーグ最多の票を獲得しオールスターゲームに出場。19歳での最多得票は1955年の吉田義男、1995年のイチローの21歳を抜き最年少記録となり、10代の選手が最多得票となったのは史上初だった。その後の活躍は皆さんご存知の通り、毎年安定した活躍を続けている。

 世間のイメージでは、ヤンチャなイメージが強い森友哉。山川穂高選手や岡田雅利選手も言っていたが、敬語を使わない、先輩と思っていない……などのエピソードがあるが、彼がルーキーの年に2軍のロッカーが隣だった時がある。

 イメージ通り、ロッカーは片付いていなかった(笑)。

「ちょっと整理した方がいいんじゃない」

 そう注意すると、次の日には綺麗に片付けている。そんな一面もあり、先輩・後輩の一線を超えない感度があり、思っている以上に目配り、気配りもできるタイプだった。

 こういうところは、捕手として非常に大事です。