“地味”に大変な動作解析の世界
自分が研究していた頃は被験者となる選手には全身黒ずくめのタイツを着用してもらい、関節の位置が分かるようにマーカーをつけて撮影し、画像をコマ送りしながらその関節ごとの座標を打ち込んでいく「デジタイズ」という工程があり、とにかくこの作業が大変だったことをよく覚えている。
当時使用していたハイスピードカメラは1秒で250コマあったため、投球動作や打撃動作が仮に1秒だったとしてもありとあらゆる関節を延々と250回ずつクリックする必要があるのだ。当時はパソコンのスペックも今のように高くなく、作業途中でフリーズした時の絶望感は今でも忘れない。現在は映像技術が進み、簡単にデータをとれるようになっているとのことだが、まずは映像からあらゆる関節の三次元座標を得ることがスタートということには変わりはない。
そうして得られた座標から肘や膝の角度、回転する角速度といったものを算出し、その数値をもとにあらゆる分析を行っていく。ただ映像だけではどれだけの“力”を発揮しているかは分からないため、フォースプレートと呼ばれる地面にかかる力を測定できる器具や、握る力を測定できるセンサーを取り付けたバットを用いることもあった。
ちなみに筆者の修士論文はバッティングにおける(1)素振り、(2)置いてあるボールを打つバッティング、(3)飛んでくるボールを打つバッティングの3種類の動きを比較することで、体のどの部位がタイミングをとる動きとバットの操作に重要かということをテーマとしたものだった。詳細な考察や結論については割愛するが、10人の被験者(野球部員)のデータからも、明らかにこの3種類で異なっている関節の動きがあったことは確かである。
最終的にはこういった研究の知見を生かして素振りなどの打撃練習を見直していくことで、競技力の向上に繋げていくというのが科学的なアプローチと言えるだろう。
恩師も太鼓判。佐藤の「考える力」
今回、このテーマを扱うにあたって、筑波大硬式野球部の監督であり、佐藤の卒業論文の指導教官でもある川村卓准教授にも話を聞いた。
佐藤の卒業論文については、1年生から投げ続けてきた大量の映像と、先述したようにきちんとした座標データをもとに良かった時のピッチングとそうでない時のピッチングを比較したもので、かなり大まかにまとめると軸足でしっかり立ってから投げることが重要だという知見を得たとのことだった。
また川村准教授の話では、こういった動作解析などを学ぶことの意義としては、選手が自分のことを客観的に判断するという意味で有効だという。選手本人ができているつもりでも、実際の数値を見てみると全く違っているということも多く、プロの一流選手になるほどそのギャップは小さくなることが多いそうだ。
分析の結果、何かフォームを変えるというアプローチを提案する時も、一つではなくあらゆる選択肢を示してそれによって起こり得るメリット、デメリットを伝えることも重視しているという。野球に限った話ではないが、選手の身長、体重、腕や脚の長さ、筋肉量などは千差万別であり、万人に対して「正しい動きはこれ」と断言することはできない。データを見ながら本人の感覚とすり合わせていく、ということが重要だと言えそうだ。
近年テクノロジーの進化は凄まじいものがあり、選手が自身で測定できる機器を購入して自主トレに活用しているケースも増えている。数字だけが独り歩きするのももちろん問題だが、そういったデータを活用する能力もこれからのプロ野球選手には必要になってくるのではないだろうか。そして川村准教授は、佐藤はそういった部分でも冷静に自分のことを考える力を持っている選手とも話していた。
佐藤のプロ野球人生は始まったばかりだが、その明晰な頭脳を生かし、更にレベルアップした姿を見せてくれることを期待したい。
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