4月からNHK「サンデースポーツ」のレギュラーメンバーに加入、さらにYouTubeチャンネル「落合博満のオレ流チャンネル」を開設するなど、解説者として精力的に活動する落合博満氏。
そんな落合氏の中日監督時代を、番記者として追い続けた鈴木忠平氏の『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』(文藝春秋)が「2021年度ミズノスポーツライター賞」の最優秀賞を受賞しました。ここでは受賞を記念して、現在打撃コーチとして奮闘する森野将彦氏に迫った記事を再公開します。(全3回の2回目/続きを読む)
※初出:2021/10/12
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落合が番記者にかけた言葉
まだ夏前なのに、ドーム内の空気はじっとりとしていた。おそらく空調も休みをとっているのだろう。私はシャツの袖を肘まで捲り上げた。
そのときふと、弛緩していたはずの空気がザワザワと騒ぎ、急速に張りつめていくのを感じた。ベンチ裏から突然、落合が現れたのだ。
落合はゲームのない日はほとんど球場に来なかったが、時折、こうしてフラッと現れることがあった。
落合はグラウンドに出てくると、周りの人間が視界に入っていないかのように内野を突っ切って外野へと歩いた。そこで投手コーチと立ったまま何やら話し込んだ。そして、それを終えると再びベンチのほうへと戻ってきた。場の空気が緊張していた。沈黙のなかにバッターたちの打球音だけが響いていた。選手もスタッフも皆、自らの仕事をこなしながら、予期せず登場した指揮官の一挙一動を横目で追っていた。
1年目のシーズンが終わってから、落合はこのように内部の人間でさえ寄せつけない雰囲気を纏うようになった。仲良しごっこは終わりだとでも言うように、誰に対しても距離を置くようになった。
番記者たちは、こういうときの落合には話しかけても無駄だとわかっていた。
「きょうは休みだ」
何を訊いても、素気なくそう返されるのがオチなのだ。
だから黙って、落合がベンチ裏へ姿を消すのを見送ればいい──私もそう考えていた。
ところが、落合はベンチの前まで来ると、くるっと向きを変えてカメラマン席のほうへやってきた。そして私の隣までくると、私と同じようにラバーフェンスに背をもたせかけた。
「ここで何を見てんだ?」
落合は私を見て、そう問いかけた。
私は咄嗟に言葉が見つからず、「え……、あ、バッティングを……」と返答にもならない返答をした。
末席の記者がチームの監督と一対一で向き合って話す機会はほとんどない。少なくともこれまではそうだった。あの最初の朝も、私はただ伝書鳩を演じただけだった。
だから突然、落合が隣にやってきたことに、私の頭の中は真っ白になっていた。
落合は私の動揺など気にもしていないかのように言った。