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落合から森野への問い

「レギュラーを取りたいか?」

 森野が落合から問われたのは、その年の秋のことだった。

 落合にとっての2年目、2005年シーズンの中日は2位に終わった。夏場には優勝した阪神まで0.5ゲーム差に迫ったものの、最後は及ばなかった。

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 日本シリーズ出場を逃したチームは10月末から沖縄で、翌年に向けた秋季キャンプに入った。その初日、朝のウォーミングアップを終えたあとに、森野はグラウンドの片隅で落合から呼ばれたのだ。

「お前、レギュラーを取りたいか?」

 唐突な問いの裏にどういう意図があるのか測りかねたが、森野の答えは決まっていた。

「──はい」

 落合は問いを重ねた。

「立浪からレギュラーを取る覚悟があるか?」

 すぐには返答のできない問いだった。森野はその場で絶句した。

立浪和義選手 ©文藝春秋

 あの立浪さんから……。俺が?

 打つことに関して、森野が唯一勝てないと感じていたのが立浪だった。一点をスパッと斬るようなスイングのキレは自分にはないものだった。

「覚悟があるなら俺がノックを打ってやる」

 立浪はPL学園高校で甲子園を春夏連覇してドラフト1位で入団すると、1年目から新人王を獲得した。以来このチームの顔として君臨している。森野にとっては9歳離れた雲の上の人だった。

 高卒で入団した左打ちの内野手という共通項から、森野はよく立浪と比較されたが、その度に「立浪さんは別格だから」と遠ざけていた。

 そんな森野の心理を見透かしたように、落合は言った。

「打つことでお前はタツには勝てない。ただ守りを一からやるなら可能性はゼロじゃない。その覚悟があるなら俺がノックを打ってやる。どうだ?」

 落合の目が光っていた。

 沖縄本島中部、美浜海岸に面した北谷公園野球場は西陽に照らされていた。

 ノックバットを手にした落合が森野の眼前に現れたのは、キャンプの一日が終わりに差しかかった、まもなく夕暮れという時刻だった。南国の陽を浴びたグラウンドには、まだたっぷりと熱気が残っていた。「サードに入れ」と落合は言った。それが意味するところは誰もがわかった。そこは立浪のポジションだった。落合は全員が見ている前で、「立浪のポジションを自分が奪う」と森野に宣戦布告させたのだ。