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道内に持ち込まれた約40億円の覚醒剤130キロ

 そして2000年4月、道内にもちこまれた覚醒剤は130キロというとんでもない量だったという。当時の末端価格で約40億円。どれだけ多くの人間が使用し人生を狂わせたか、想像もつかない。

「でも大量の拳銃をどうしても押収したかった道警はこの取引に乗った。上司は『重い十字架を背負った』なんて言っていてね。あの言葉は忘れられませんよ。

 この覚醒剤の一部は俺がチョンボし(盗み)ました。ほかのエスのシノギにしてもらおうと思ったんです。俺の逮捕後に自宅から出てきた覚醒剤はこのときのものです」

 しかし、仲介したエスは密輸成功後に姿をくらましてしまう。

インタビューに応える稲葉氏

「見事にエスにはめられました。『拳銃200丁の押収』と『中国人密輸者の逮捕』という見返りは嘘で、130キロもの覚醒剤の密輸を見過ごしただけになってしまった。さらに東京のヤクザの元親分から、さらに大麻2トンの密輸を見逃すようせがまれた。断ったら、130キロの件をバラされるかもしれない。さすがに上司は反対したけど、俺は受けざるをえなかった。上を説得して、道警は大麻の密輸も見逃しました」

「ロシアマフィアが…」また“大規模ヤラセ捜査”に手を染めた

 2度に渡って共犯を強いた函館税関には借りを返さなければならない。そのため稲葉氏はまたもや大規模なヤラセ捜査に手を染めたという。

「俺が別で準備した拳銃とマカロフ20丁をロシア船に仕込み、摘発させました。ちなみに20丁同時の押収は北海道で過去最多。マスコミも大いに取り上げました。ロシアンマフィアの密輸ルートが云々って報道されました。まあ、ヤラセなんですけどね」

押収したフィリピンのコピー拳銃「CRS」

 この一連の見逃し捜査について、2005年3月13日、稲葉氏の逮捕後に北海道新聞がスクープとして報じている。しかし後に「裏取りが不十分な部分があった」と謝罪記事も掲載された。稲葉氏の著作でも見逃し捜査の詳細が明らかにされているが、当時の道警は「コメントを差し控える」とマスコミ取材に回答。“道警史上最悪の不祥事”の真相は明らかになっていない。

 稲葉氏は「道警からの圧力に道新が屈した」とも語っている。

 拳銃のヤラセ押収に、大量の覚醒剤や大麻の見逃し捜査――。稲葉氏の遵法精神はもはや塵ほども残っていなかった。そしてやがて自らも覚醒剤に溺れ、転落の一途を辿るのだ。

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